2012年 10月 11日
サントリー美術館の展覧会によく行く。 一昨年2回、昨年2回、今年は3回。 質量ともに、いつも満足させれくれる。 併設カフェは加賀麩の名店「不室屋」が入っているから食事やお茶にもかならず寄るし、「玄鳥庵」という茶室があって隔週木曜日に点茶席を設けているので、そこにも寄ることがある。 不室屋でごはんを食べてから展覧会を2時間ちかくゆっくり見て、締めくくりに薄茶席に入ったりしたらもうそれだけで半日滞在することになるが、ここでなら、バカみたいに混む「印象派絵画展」だのなんだのといった大型美術展よりずっと気分よく過ごせる(ただし夏は冷房がきつい)。 ここに来ると、食事やお茶も含め、日本人でよかったな〜、日本文化ってすばらしいなあー、としみじみする。 「お伽草子 この国は物語にあふれている(公式ページこちら)」を見て、ますます日本人と日本文化が好きになった。 室町時代から江戸時代初期にかけて作られた短編の小説を「お伽草子」と総称する。 しばしばユーモラスな絵を伴うが、その絵の技量の高さにまず目を奪われてしまう。 とくに室町前期までの、初期のお伽草子絵は、鎌倉時代までの絵巻物の伝統を踏襲しているため、人物も背景画も、お屋敷の絵も、気品のある作品が並ぶ。 ストーリーも奇想天外で、見学者たちは皆夢中で現代語訳を読み、声を出して笑ってしまったりもしているのだ。 こんなハイレベルなものが生み出され、庶民の娯楽として流布していたとは、戦乱の世も後世の人間から見れば悪くない。 たまにあまりにも話がお下劣だったり、あまりにも絵がへたくそなものもあったりして、それも見る者を呆然とさせて愉快である。 人間の欲、とくに色欲には身分の高低など関係ないという風刺精神もきわだっている。 やたらと妖しい「美女」が出てくる。 「美女」の美しさに負けて、高僧が腕に抱いた途端、美女の体が水に変わって流れてしまう絵。 美女の着物からザーッと水が流れ出している瞬間の絵は、言葉を尽くした小説よりもはるかにショッキングだ。 また、「おようのあま絵巻」の絵は、一人暮らしの老法師の庵に、いままさに「御用の尼(なんでも売り買いし、男女の仲までもとりもつ老尼)」がやってきたシーンまでしか展示されていないが、このあとの衝撃的な展開の解説には「うわあ……」と声をあげている人がいた。 おようの尼は、若い美女を斡旋すると言いながら、老法師をあの手この手でだまして自分がベッドインしてしまうのである。 翌朝、尼の老婆を抱いたとわかって言葉も出ない法師と対照的な、したたかな尼。 平安時代までは、文学というものは読み手も書き手も貴族だったため、このような風刺作品はありえなかった。 もちろん、清少納言のような超インテリ女がほぼ名指しで誰かを批評したりするということはあったが、身分社会を堂々と笑い飛ばすという態度は、まさに戦乱を経た新しい社会の到来を告げている。 文学の世界でも下剋上が起こっていたということである。 本展覧会は大きく5個のテーマにわかれているが、室町後期から江戸にかけての「異類・異形への関心」という最後のテーマのコーナー(一部は第3・第4章にも重複して作品あり)はとりわけおもしろかった。 鼠や雀が主人公になった物語では、なんといっても絵が愛らしい。 雀が出家すると言い出し、ふくろうに頼んで“髪を下ろす(ボウズになる)”場面など、馬鹿馬鹿しさ(そもそも髪なんてない!)と、決意の固さがうかがえる雀とふくろうの顔つきがけなげでかわいくて、絵を描いた作者の、生き物へのこまやかな愛情が伝わってくる。 「鼠草子絵巻」の鼠たちも目がきょろきょろして愛らしいのだが、そもそも人間の姫君を見初めて結婚してしまうという荒唐無稽な話であるのに、読んでいるうちにいつの間にか、正体がばれたあとの主人公の鼠「権頭(ごんのかみ)」のかなしさに心が寄り添ってしまうのだ。 これも、ストーリーのうまさと愛らしい絵の生み出す相乗効果だろう。 この時期の話の仕立てのうまさは、当時、政治の実権を失い、暇を持て余していた公家などの知識階級がお伽草子を作っていたことに因る。 かつての栄光の時代をなつかしんだインテリ層が、自分たちこそ伝統文化の護持者であるというプライドをお伽草子の制作にぶつけていたのだ。 だって、鼠のくせに(鼠のくせに?)、歌がうますぎるではないか。 次から次へと、哀切に満ちた歌を詠んでは読者の涙を誘う。いや、泣いてないけど。でもかなりビックリはした。 お伽草子という大きなくくりの中で、屏風絵であったり、絵がない文章だけの本であったりとさまざまな展示がされていたが、私が息を呑んで長時間立ち止まってしまったのは、最後の第5章のコーナーにあった、いっさいの文章を排し絵だけで構成された絵巻だった。 『百鬼夜行絵巻』 京都・大徳寺の真珠庵の所蔵品であり、重要文化財である。 他にも数点の『百鬼夜行絵巻』が展示されているが真珠庵本の足下にも及ばない。 ドキドキ、ぞくぞくしてくる。 墨を付けた絵筆だけで、この妖怪の足の筋肉をこんなに躍らせているのか。 紙の上で静止しているのに、アニメを見ているようなのだ。 右から左へ、絵巻の終わりに向かって、動いているとしか思えない。 音楽や奇声まで、この古ぼけた紙から聞こえてくる。 疾走するもの、跳ね回りながらついていくもの、のっそりとあとについていくもの、身体の重さやスピード感まで、描ききっているとは。 これが現代に残っていてよかった。 見ることができてまったく幸せである。 会期終了までまだあるので是非。 日本人であることと日本文化に、誇りを持てます。 *以前書いたサントリー美術館関連記事はこちら→交じることで無二を生み出す——南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎 このあとも数回行っているのだけど、感想を書きそびれていました。 今回は、感動を忘れないうちに書きました!
by apakaba
| 2012-10-11 16:39
| 歌舞伎・音楽・美術など
|
Comments(2)
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Akiko
at 2012-10-22 19:01
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マキさんのレビューは自分が行った後にしようとチラ見だけしたつもりだったのですが、Twitterで書いた「日本人でよかった」は無意識に脳内にインプットされていたのかも(汗)大事なことはすでにここに書いてありました。日本では貴賎を問わずこんな豊かな物語文化を楽しんでいたなんて、嬉しいですね。
展示替えがあったようですがもっといろいろ読みたかったなーと。鼠権頭君のフルバージョンは立ち読みして涙しました。泣いてないけど。鶴の恩返し話の怪獣わざわひ君も可愛かったです。
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apakaba at 2012-10-22 21:39
鶴の恩返しの話は、見てないですね。
展示が変わったのかな。 鼠の大きさと姫君の大きさが同じところが、ミッキーマウス以上の異常さなんだけど、とにかく歌がうまくて。 あの、絵がヘタすぎる浦島太郎もすごかったです。 煙が一直線に太郎を直撃してるやつ。 |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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