あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ
2012年 11月 16日

ラジオのジャーニーから

来年の3月にジャーニーが来日公演をするというので、J-WAVEでは今朝たてつづけにジャーニーの曲を流していた。
ジャーニーって、アメリカのロックバンドですよ(一応)。
私が高校生のころ大流行りしていたけど、まだバンドがあったのかということに、まず驚いた。
おじいさんバンドの来日公演が続くなあ……

ボーカルはスティーブ・ペリーではなく、アーネル・ピネダという人らしい。
ラジオから流れてくるアーネル・ピネダなる人の歌声は、スティーブ・ペリーほど金属的な響きではないものの(スティーブ・ペリーって、金属的というか磨りガラスを引っ掻くような音が声に交じり込んでいませんか?)、モノマネ芸人が歌っているみたいにやたらとそっくり。
この人はフィリピン人歌手で、スティーブ・ペリーそっくりに唄えるということで採用された、と今日初めて知った。
気になってwikiで見てみたのだ。
その来歴に、朝から度肝を抜かれた。
映画の中にしかないような貧乏成り上がり物語。
私と同い年だし、がんばってくださいアーネル・ピネダよ。

私にとって、ジャーニーは特別だ。
特別に好きだったということではなくて、高校生のときにつきあっていた男の子が、学校でバンドのボーカルをやっていて、よくジャーニーを唄っていたからだ。
私も唄うのが好きなので、今でも、アルバム何枚分も唄える。
今日は壮絶な少年時代を過ごしてきたアーネル・ピネダ版ではなく、磨りガラスを引っ掻くようなオリジナルボーカルで、車の中でジャーニーをかけてみた。

その彼とは、つきあっていた期間は高校時代の短い間だけだったが、小学校・中学校・高校・大学と、すべて一緒だった。
大学以外は(彼は大学を浪人して留年してしまったようなので)、二人ともすべて同じ卒業アルバムに収まっているわけだ。
私は、自分がバンドに加わる気はさらさらなかったが、やっぱり興味はあるので、彼からジャーニーの楽譜をもらって、家でひとり、ピアノでバラード何曲かを弾き語りしたりしていた。
ひとりジョナサン・ケインというわけですな。

でも実は、ジャーニーではないバンドの歌をやる彼のほうがカッコいいと思っていた。
オジー・オズボーン・バンドをやっているのも好きだったし、一度だけだが彼がドラムで出たライブがあって、そのときグレッグ・キーン・バンドの『Jeopardy』を、ドラムを叩きながら唄って、それが今も忘れられないほどカッコよかった。



斜めに顔を傾けてマイクに向かうのも、ふだんの、センターに立っているボーカルのときとはちがう姿でセクシーに見えたし、曲の途中で入るドラムの「ズダダッ」という繰り返し部分には痺れた。

それもこれも、まさにうちの3人の子供たちの年齢くらい(中学生から大学生)に、関わりがあった人なんだな。
ジャーニーを聴いたり、『Jeopardy』を聴いたりしながら自分の子供を見るのは、とても奇妙なものだ。
今、あの人が元気でいたら、きっとラジオから流れてきたアーネル・ピネダ版ジャーニーを耳にして、私と同じことを考えていると思う。
“あれ?スティーブ・ペリーにずいぶん似てるな、でもスティーブ・ペリーの声のほうが……”
“ずっと昔、唄ってたなあ。”
“あのころ一緒にいた女の子は、ええと”
ええとー、今こんな感じでやってます。えへへ。

(その人のことを以前に書いたと思ったらこれだった→「あぶない夜(声がいい男)
これすら9年前に書いたんだなあ。早いなあ!)

by apakaba | 2012-11-16 22:43 | 思い出話 | Comments(2)
Commented by Amano at 2012-11-17 10:46 x
なつかしい名前を聞きました。
ジャーニーはほとんど聞いてないけど、アルバム「エスケイプ」は売れましたねぇ。当時、スーパーのレコード売り場の横でバイトをしていたので、よくかかってました。スティーブペリーは今どうしてるのかな?
Commented by apakaba at 2012-11-17 18:07
ジャーニーを離れてソロを出した(OH!シェリーという曲がまあまあヒット)ところまでは知ってますが、そのあとは……
こういうことってwiki見ればなんでも出てるんですけどねー。


<< 「ササニシキ」の横浜ドライブ      戦きへ誘い込む——小瀧達郎写真... >>