あぱかば・ブログ篇

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2013年 01月 17日

悔いなく生きたいけれど

ふだんより少し早めに目が覚めて、“今、大地震が来たら、このまま裸足で、パジャマ一枚で雪が残る道に飛び出してしまうのかなあ。たちまち凍えてしまうだろう”と、布団にくるまったまま考えていた。
東京都庁に用事があって出かけたが、一階のピロティーを歩きながら“今、大地震が来たら、庁舎まるごと私の上に落ちてくるのかなあ。ぺちゃんこになって跡形もないや”と思っていた。

阪神淡路大震災が起きた当時、村山首相の初動の対応のまずさが激しく非難され、18年たった今でも「絶対に許せない」と言う人もいる。
東日本大震災が起きたときも、菅首相をなじる声は絶えなかった。
だが、それなら、いったい誰が総理大臣だったら、完璧な陣頭指揮が執れたというのだろう?
人を責めるのは簡単だ。
でも、どんなに迅速に、的確に対応できたとしても、大震災において“死者0”でない限り、トップの人間は「まだ救える命はあったはずだ」と責められ続ける。
失われた命は帰ってこない。

人を憎み、責めるより、悔い(をすく)なく生きたいし、逝きたい。
私は、もしも今日、都庁に下敷きになってぺちゃんこになっていたとしても、おそらくあんまり悔いはないし、誰も恨まない。
丹下健三のことも恨まないぞ。
それよりも、自分の意思と正反対のことが政治の力で決められ、変えられてしまうことのほうがよほど無念だ。

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今日の東京都庁

こんなものが設置されている風景を、異常だと感じなくなるのは異常だ。

by apakaba | 2013-01-17 23:13 | ニュース・評論 | Comments(2)
Commented by Akiko at 2013-01-17 23:50 x
東京が異常になった震災以降、家族がいる人より自分が"都庁の下敷き"になったらいいな、悔いないな、とよく考えています。いざ本番となったら自分がどう行動するかわかりませんが。。
Commented by apakaba at 2013-01-18 07:27
ワハハー。
それはおもしろい発想だけど、Akikoさんの親御さんやご兄弟はつらいだろうし丹下健三を恨むかもしれません。
人の一生は(神様とかに)決められていると考えると、かなり気楽。
「運命だ」と思うことは、人を恨まない方策なんだろうなー。


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