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あぱかば・ブログ篇

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2015年 10月 26日

10月23日、新橋演舞場昼の部、スーパー歌舞伎Ⅱ 『ワンピース』

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『ONE PIECE』をスーパー歌舞伎でやるとネットで知ったとき、まずなによりも真っ先に目に飛び込んできたこの絵に、まじまじと見入ってしまった。
おだっち(原作者・尾田栄一郎)の絵のうまさ。
きちんと『ONE PIECE』のままなのに、ばっちり歌舞伎になっている。
なんと美しいことよ。
もうこれだけで、舞台の成功を少しも疑わなかった。
何ヶ月も、ずっと楽しみにしてきた。

だが、当日、新橋演舞場に着くと、ドキドキしている。
歌舞伎はしょっちゅう見に行っているけれど、「ドキドキ」することなんてない。
それも当たり前で、ふだん吉右衛門だの仁左衛門だののクラスの役者がやるのに、ドキドキする必要などないからだ。
最後に歌舞伎で開演前にドキドキしたのはいつだっけ……ああ、染五郎が初めて歌舞伎座で弁慶をやったときだ!
「見たことがない舞台、うまくいってほしい、うまくいくだろうけど、うーん、うまくいくだろうか? いや絶対大丈夫! とにかく、応援している!」
そんな、苦しくなるような期待。
あのとき以来だ。

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劇場内に入ったら、手を広げたルフィの人形にスポットライトが当たっているという、ふだんの歌舞伎とまったくちがう設えがしてあって、またズキンとなる。
カッコいい!
実は私は、『ONE PIECE』を読んでいないし、アニメも見ていない。
それなのにここまでドキドキワクワクできる。
かなり元が取れた気分だ。

だが舞台のおもしろさは、予想以上だった。
冒頭にナレーションが入るが、これを勘九郎・七之助兄弟が昼の部と夜の部を交代で当てている。
私は昼の部で七之助のナレーション、ごく短いものだが、冒険の幕開けにふさわしい爽やかさで、「いいなあ〜」とつくづく。
火、水、プロジェクションマッピング、大仕掛けな舞台装置、絢爛豪華な衣装、まったくすばらしい!
やはり、舞台にはこういうスカッとくるスペクタクルがなければ。

役者陣のひたむきさには、ハードウェア以上に感動した。
すでに大評判となっているが、中でも巳之助の熱演が出色。
ゾロはもう二次元から3Dで立ち上がってきたかのようにゾロそのもの、ボン・クレーのオカマ六方には客席も万感の思い、大向こうから「大和屋!」の声も飛んだ。
私も、完全に一皮むけて吹っ切れた感のある巳之助の、会心のボン・クレーには、大笑いしながらも泣けた。
ボン・クレーがおもしろければおもしろいほど泣けた。
お父さんに、見せることができなかった……
でも、父・三津五郎の早すぎた死が、巳之助の覚悟を固めさせたのかもしれない。

右近の碇知盛そのものの「白ひげ」は、予想外の名演だった。
知盛のように後ろに飛んで果てるのを、思わず今か今かと待ってしまった。
それくらい、どっしりと重く演じていて、今まで右近という役者を「まだまだ若手」と軽く見ていたことを反省した。


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他の役者も書き始めるときりがないほどにそれぞれすばらしかったし、アクションやダンスも最高だったが、ただ一人、猿之助のルフィだけに、最後まで違和感が残った。
『ワンピース』なのにルフィに違和感があってどうするんだという気もするが、そう感じてしまったのだから仕方がない。
原因はいくつか考えられる。
ひとつには、「アニメでの田中真弓がすばらしすぎるから」。
ルフィのイメージは、田中真弓の声に収斂されている。
他の配役はまだしも、ルフィだけはどうしても田中真弓の声が誰の脳内にも響き渡ってしまうのではないか。

また、歌舞伎の決め事と澤鷹屋の芸の縛りとのすり合わせの結果、一種異様なルフィができあがったとも思える。
海賊一味の立て役の中で、ひとり完璧な白塗りというのは、ビジュアル的に抵抗感がある。
いくら歌舞伎の“いいもん(善人)”は白と決まっているからといって、ルフィの雰囲気とは合っていない。
花道を何度か走って登場してくるが、誰よりもドカドカとうるさく足音を立てて走ってきそうなルフィが、スススススッと歌舞伎の“すり足”で登場してくるのも妙な気分だ。

白塗りはハンコックとの早変わりのために必要という理由もあるだろうが、それにしてもハンコックは猿之助がやるとギャグシーンでしかなく、もしあれが原作どおりボリューム満点の美女がやったら、まったくちがうシーンになっていただろう。
早変わりは、澤鷹屋である以上、どこかでやらねばならないのかもしれないが、とんちんかんなルフィとおばさんのようなハンコックではいずれにせよ見とれることも感動もなく、ただひたすら早業を楽しむ時間となってしまう。

猿之助という役者は、「黒塚」の怪演を見てもわかるように大変な芸を持った役者ではあるが、美女でも二枚目でもなく、小柄なために大きな立て役も似合わず、なかなか彼の芸を生かす場を見つけづらい人だ。
おそらく狐忠信や土蜘のような、この世ならぬものをやるのがうまいのでは。
猿之助は、ルフィやハンコックよりも、ちょっとだけ出てきた“留め男”シャンクスが、自然な風格があって一番カッコよかった。

誰よりも一番熱いはずのルフィのセリフが、猿之助が言うとなぜかとてもあっさりと聞こえる。
これだと『ワンピース』の大前提(ルフィの熱さにみんなが動かされる)が崩れてしまう。
もしも配役を変えられるなら……、もしもルフィを、たとえば勘九郎がやったら。
ハンコックを七之助がやったら。
まったく別次元の『ワンピース』になるぞ。
まあ、実現はしないんだけど。
(ついでに、イワンコフを中車がやったら……いやこれ以上は申しません)

猿之助のあっさりしたルフィは、もしかしたら、演出家として奮闘した結果なのかもしれないとも思えた。
若手のよさを最大限に引き出し、本水のアクションも本来なら自分がやるところをすべて若手の見せ場にして任せ、あれだけの作品に仕立て上げることに心を砕いたのでは。
「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!」
これを、身を以て示したようにも見える。

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それにしても、この舞台の大成功は、おだっちの『ONE PIECE』が「歌舞伎に合っているから」というのは大きいと思う。
というより、『ONE PIECE』という漫画じたいが、もともと歌舞伎っぽさを持っているからではないか。
『ONE PIECE』のあの決めゼリフ(名言集が出るくらいの)は、歌舞伎の見得や名乗り(で観客が感じる爽快感)にきわめて似ている。
海賊なので、彼らの言葉は非常に乱暴だ。
それは、歌舞伎の世話物での荒っぽさとよく似ている。
「うるせえな、ばばあはすっこんでろぃってんだ!」くらいのセリフは、ぽんぽんと飛び出す。

『ONE PIECE』のセリフは、“声に出して読まれることを待っている”言葉なのだ。
漫画にもいろいろあって、吹き出しの中の言葉が黙読を前提として描かれている漫画は多い。
『ONE PIECE』のセリフは、目だけで読むと非常に汚い。
だがうまい役者が声に出してそれを言えば、命が入って胸に応えてくる言葉になる。
歌舞伎と親和性が高い作品なのだ。
これに目をつけた猿之助は、やっぱりすごい。
そして、スーパー歌舞伎の話が持ち上がるまで、歌舞伎をいっさい見たことがなかったというおだっちもすごい。
歌舞伎の世界を知らないのに、あんなに歌舞伎っぽい。
それはどこかで、日本人の持っている「心意気」が通じているからなのかもしれない。
(おだっちは「心意気」という言葉が好きだそうだ。)


by apakaba | 2015-10-26 17:15 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)


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