あぱかば・ブログ篇

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2015年 11月 15日

パリ同時テロで思うこと

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1999年、パリ、オルセー美術館


パリの同時テロはとても悲しい。
パリのテロに関して、twitterやFacebookを追っていると、いろんな意見があって疲れてしまった。
こういうとき、最後に戻ってくる拠り所は、結局、自分の旅の思い出。

私は、現在のアメリカ・イスラエルの同盟関係や、軍隊のやり方に反対している。
心情的には完全に中東の、イスラムに肩入れしている。
それはヨルダンやシリア、その他の国のムスリムの人々から、涙が出るほどの親切を受けて旅をしてきたからだ。
旅の途中、宿がない、道がわからない、英語が通じない、いろんなことで心細くて困り果てていたとき、いろんな形でムスリムの人々が助けてくれた。

でも!
旅の途中で、私にやさしくしてくれたのは、ムスリムだけじゃなかった。
ヒンドゥーも、仏教徒も、ユダヤ教徒も、クリスチャンも、シーク教徒も、どの人たちも、旅人の私に、圧倒的にやさしくしてくれた。
悪の権化のようなイスラエルでも、ユダヤ人はやっぱり明るく気さくで、やさしかったのだ。

私は、旅の中で人からひどい目に遭わされたことがあまりない。
いや、ちょくちょく遭ったかもしれないけれど、忘れてしまう。
でも親切にされたこと、いっしょに笑ったそのときのことは、ずーっと覚えている。
だから、どの国も行けば等しく好きになる。

フランスへは、90年代終わりから2000年代始めにかけて、立て続けに行った。
フランスで、嫌な思いをしたことが一度もない。
きっと住んだりすればそれなりに嫌なこともあるだろうが、通り過ぎるだけの旅人には、彼らは猛烈にやさしかった。
やさしくて明るくて英語が下手でテキトーで、フランス人はいいなあという思い出しかない。

完璧な国家などない。
日本もさまざまな問題を抱えていて、やるせない気持ちや怒りを覚えることは多々あるけれど、私は日本が一番好きだから、生まれ変わっても日本人がいいし、日本に暮らしたい。
どの国へ行っても、「少しなら住んでみたい」と思う場所はあるけれど、「ここに骨を埋めたい」と思ったことはない。
どの国もいいところと悪いところがあって、すごく乱暴にいうと、その意味ではどの国も「同じ」に見える。
人が生きているという点で、そっくり同じに見えるのだ。

パリのテロに対して哀悼の意を積極的に示すことに、違和感を覚える人がいる。
「中東ではもっとひどいことが日常的に起こっているのに」「フランスに親近感を抱くのは内なる差別だ」と。
その意見もわかるけれど……でも、私には、フランスで今、恐怖と悲しみのどん底に突き落とされた人たちと、他の国々の苦しみはまったく同じ重さに見える。
フランスでも、他の国々でも、私が旅の途中で受けた親切や笑いかけられた数は、まったく同じだったから。
人の心を荒らし、人の心を分断する。
それこそが、テロリストの思う壺ではないのか?

人は生きている。
人間は同じだ。
どんなに空疎に響いたってかまわない。
これが、私が長年旅をしてきてたどり着いた、拠り所だ。


by apakaba | 2015-11-15 17:54 | ニュース・評論 | Comments(0)


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