あぱかば・ブログ篇

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2015年 12月 11日

野坂昭如氏と、父の死

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老犬になったコーシロー
だがこの犬を連れていたおかげで、野坂氏が私に話しかけてくれたのだろう


野坂昭如氏の訃報を聞いて以来、しきりと父のことが思い出される。
父は45歳で亡くなったので、当たり前だがいつまでも年を取らない。
私の人生の最初のほうでいなくなってしまった人なので、「今生きていたら何歳だろう」と数えたこともほとんどない。
しかし、野坂氏死去でなぜか反射的に父を思い出した。
訃報を読むと、父より1歳上の人であった。

同時代に生きた同性の有名人、それもジャーナリズムと文学と場は違えど文章を生業にしてきた野坂氏を、父はどう見ていたのだろうか。
野坂氏の作品を、父は読んでいただろうか。
私は、父のことをなにも知らないのだ。
私のイメージの中では、野坂氏も父も、とにかくやたらと酒を飲んでは酔っぱらう男、というひとくくり。
あの世代の人は、そんな男ばかりだった。

ただ、「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか……」というCMを父がひどく気に入っていて、しばしば口ずさんでいたことだけははっきり覚えている。
あのCMを見るたび、父はニヤニヤと上機嫌だった。
歌詞に出てくる人名も全部教えてくれた。
そして「野坂はあんな風だがインテリだ」というようなことを言っていたような、少なくともにおわせていたような気がする。

なぜそんなにはっきり覚えているのかと不思議で、あのCMの放映年を見てみると、私が9歳、ぴったり父の死んだ年だった。
父に関する記憶の一番最後にあたるからよく覚えていたのだろう。

父は死んで、野坂氏はその後も長く生きた。
しかし同じように脳に血液が流れなくなる病気になった(野坂氏は脳梗塞、父は脳出血)。
きのう、YouTubeであのCMの歌い踊る姿を見てみたら、46歳にしては野坂氏は体のキレがよく、髪もいっぱいあって体型の崩れもなく、ほとんどカッコイイ。
そのCMを気に入っていて、放映年に亡くなった父は、ハゲ・デブ・チビの三重苦。
父は、もしかしたら、野坂氏の白いスーツ姿にあこがれていたのかもしれない。
無頼を気取り、酒を飲み、文章を書き、酒瓶を手にして踊る白いスーツ姿に、同世代の男として自分を投影していたのかもしれない。
すべて想像するしかないのだが。

私は野坂氏の作品をたった三つしか読んだことがなかった。
『アメリカひじき』『火垂るの墓』『エロ事師たち』、すべて大学1年生のときに読んだ。
苛烈なしつこさと軽妙な語り口、そしてひけらかすわけでもなく本人の核にがっちり裏打ちされた教養の見える文章で、とくに『エロ事師たち』がよかった。
破天荒なストーリーと、義太夫を思わせる“日本語を読む喜び”を強く感じた。
主人公スブやんがあるきっかけでインポテンツになってしまったときは、「スブやんはいつ回復するんだろう、がんばれ!」と、復調の瞬間を読みたくて先へ先へとページをめくっていた。
諸行無常を感じる話だった。
むちゃくちゃな話だが、正しく日本文学の系譜を引く文学作品だった。
そう、昔は、選ばれた人間だけが文章を書いていた。

父は文学を志したことはなかったのか?
父はなぜジャーナリズムへいったんだろう。
そんなことも知らない。
野坂氏は反戦を訴え続けていたけれど、父ならどういうスタンスで今の日本を書いていただろう?
「父ならこう考えるだろう」という仮定をすることもできないくらい、父のことを知らない。

きのう突然に思い出したのだが、私は野坂氏に話しかけられたことがある。
きのうまで知らなかったが、ご近所に住んでいたそうだ。
10年近く前、いつものように川沿いの遊歩道で犬の散歩をしていると、野坂氏が焦った声で「あのう、うちの犬を見かけませんでしたか?」と尋ねてこられた。
そのときは野坂氏だとちっとも気づかず、「いえ、見ませんでしたねえ」と返事すると、おろおろしながら犬の名前を連呼しつつ行ってしまった。
その心底動揺している様子から、かなりの犬好きと見受けられた。
野坂氏は遊歩道をうろうろと往復しながら、悲しそうに犬の名前を呼んでいた。
あとから「あの人のことを知っている気がする」と必死で思い出したら、野坂氏だったのだ。
だが一発でわからなかったのは、脳梗塞で倒れたあとで、昔とは感じが変わってしまっていたからなのだろう。

人が死ぬと、それをきっかけにして、記憶の底に埋もれていたいろいろなことが、予告もなくいきなりブワッと浮かび上がってくることがある。
現に、私は野坂氏に会ったことを、この10年近く一度も思い出したことがなかった。
しかし彼の死によって、このあとはずっと忘れないであろう。
悲しいことに、父に関する私の記憶は、無いに等しいというくらいに少ない。
せめてあと10年、生きていてくれたら。
9歳の女の子が19歳になって、『エロ事師たち』を読む年齢まで生きていてくれたら。
「ああ、野坂はなあ……」と、同時代の男として、講釈を打(ぶ)ってくれたかもしれない。

野坂氏の死去は、友人を亡くしたときのような直接的な悲しみにはつながらないが、忘れていたさまざまな悲しみを浮かび上がらせる。
父がどんな人だったのか永久に知ることができない、というのは、子供の頃や若かった頃にはほぼ感じたことのなかった悲しみである。
その悲しみは、逃げてしまった犬を探して、泣きそうになりながら心細そうに歩いていた、老いた野坂氏に重なる。
とても悲しく、心細い。


by apakaba | 2015-12-11 16:28 | 思い出話 | Comments(0)


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