2008年 04月 24日
↑ 池から見る外観は、シンプルで奥ゆかしい印象。 安藤忠雄氏の名前が、最近、渋谷をにぎわせている。 渋谷駅東口の再開発事業で、安藤忠雄建築事務所が新・渋谷駅(詳細記事こちら)をつくっているからである。 私にとっての一番近い繁華街なので、完成が楽しみでしょうがない。 生活エリアのなかに安藤建築が入ってくるなんて思ってもいなかった。 滋賀農業公園ブルーメの丘へ行ってみた。 先月、安藤忠雄建築巡礼の旅を書いたが、滋賀のはずれにも、憧れの建築があるのだ。 昨年読んだ本のBest10!の筆頭にあげた安藤氏の名著『連戦連敗(レビューこちら。読んでね)』に紹介されていた多くの建築作品のなかでも、この公園の敷地内にある美術館には、強く興味を惹かれた。 というのも、美術館でありながら、ここはいっさいの“人工の環境制御設備に頼らない建築として(『連戦連敗』本文より、以下同様)”建てられてた、世界でも類を見ない建築だからである。 安藤さんの、「その地に寄り添いたい。その地に住む人の心を汲みたい。自然と共に生きたい」という強い意志は、どの建築作品にも通じるものである。 それは、“威容を誇る”“見る者に畏怖の念を抱かせる”という、古来から東西の巨大建築に投影されてきた自己主張と対極にある。 この美術館は、安藤さんが “収蔵品の劣化を防ぐ目的で、全て一様に管理された人工的環境としてあるのが常識の美術館建築にあって、人工照明の一切を排除した自然光のみによる美術館” というコンセプトで設計した。 展示作品を鑑賞するための灯りとなるのは、自然に差し込む外の光だけ。 日が暮れれば、見えなくなってしまう。 だからここは「日没閉館」との異名を取っている。 これを、「志は高いし、アイデアは独創的。だが実際的ではない。展示物の劣化は免れず、だから一流の作品が来ることはないだろう。美術館としての第一義的なレーゾンデートルが失われている」と見るか。 それとも、「実際的ではないのはたしかだが、発想と心意気を買いたい。世界にひとつくらい、こういう場所があってもいい。なんでも人工的な管理のもとに置かれている現代社会への、ユニークな批評の一形態」と見るか。 ファンならもちろん、後者の目で見たい。 けれども建築は、実際そこへ行ってみて初めてわかることがたくさんある。 ここは、どうなのだろう? ↑ ブルーメの丘という広い公園の最奥部にある。 この公園じたいが、いわくいいがたい娯楽施設。 あか抜けないというかつかみどころがないというか……心細くなってくる。 釣り堀となっている池の畔に建つ「日没閉館」。 ここへのアプローチもかなりいいかげん。 じめじめとした丈高い草が歩道に倒れかかり、コンクリートの舗装もテキトーきわまりない普請。 内部へ入ろう。 ↑ なかへ入ると、まずはシンプルな廊下のような仕立て。 磨りガラスを通した光がやさしい。 これが夕刻になれば、池の水面からの照り返しを受けて、壁も暖色に染まるのだろうか? それにしても、どうも様子がおかしい。 あまりにも、手入れがされていない。 受付のブースにさえ人が一人もいない。 受付にスケッチブックのようなノートが置いてあり、そこに見学者がいろいろ書いていた。 文句ばかり。 「行き止まりかよ!」 「虫の死骸がいっぱい、気持ち悪い」 「ちゃんと掃除してください!」 これはどうしたことだろう? カーブのついた通路を奥まで進むと、ものの十数秒で突き当たって通路は終わった。 これが「行き止まりかよ!」か。 本当に小さな施設だ。 ↑ 行き止まり部分。 透明の一枚ガラスを天井まで使っていて、まるで外にいるような気分になるが、いかんせん、外の景色がよくいえばワイルド、悪くいえばなんの手入れもされず放置されており、雑草がぼうぼう。 そしてここが建物の中で最も明るい場所なため、あらゆる虫が集まって死んでいる。 100匹は軽く越す。 私が見ているのは、カエルの干物。 ↑ 出してくれーっ。断末魔。かわいそうに。 もうあと一歩で外だったのに、カエルにこの一枚ガラスの扉は重すぎた。 しかし雑草は強くて、ちょっとの隙間でも入ってきていた。 ↑ 内部の展示室はこのように、ゆるやかにカーブした壁に作品を展示できるようになっている。 このような水辺の悪環境下でもめげない、滑らかで美しいコンクリートだ。 技法の高さ、丁寧さを感じる。 天井の開口部とスリットからの自然光が、暗い内部で作品を鑑賞する頼りとなる。 このときはなにも展示されていず、実際に絵画や写真などが掛かっていたらどのように鑑賞できるのかはわからなかった。 廊下と内部、ほれぼれするほどシンプルで、愛らしい建物だ。 休憩用のベンチや、ラジエーターカバー(だと思う)も、あくまでも目立たなくしてあるが、よく見ると量産品とはまったくちがうスチール製。 鋳鉄のような素朴な質感を持たせ、直線のみのデザインで仕上げている。 これらの小物が声高に存在をアピールしないようにと言い聞かせてつくったかのようだ。 あくまで、主役はここに飾られる展示品だからね。 建物も、小物も、脇役でいようね。 展示品を最も自然に近い状態で見せられるように、光だけで応援しよう。 そんなふうに安藤さんが、この施設のすべてに教え諭しているように感じられてくる。 だが……この手入れの悪さはいったいどうしたことだろう。 いくら3月いっぱいまで冬期休館していたといっても、もう4月になっている。 エントランスのカギを開けたということは、いつ誰が来館しても恥ずかしくない、ということを意味するのではないのか? この廃墟同然の状態で、ここが安藤建築だということを知らない人が訪れたら、憤慨するだろう。 「美術館?どこがー?」 安藤建築目当てで来た人も、憤慨するだろう。 「こんなに素敵で、ユニークな建築を、こんな劣悪な状態にしておくなんて!」 私はなにを見てもおもしろいと感じる性格なので、建築の現実の一端を見たという意味でたいへんおもしろかった。 安藤忠雄にして、この打ち捨てられッぷり。 京都の高瀬川沿いに建つ商業ビルTime'sも、建築としてのユニークさに反して商業的には完全に失敗(テナントが入らない)していた。 ここへきて、まさに著書『連戦連敗』の4文字がリアルに迫ってくるように感じられる。 コンクリートは食えない素材だ。 しかし、たとえば大阪の光の教会のように、設計と工事を依頼し、そこへ集う人々の気持ちで、コンクリートは温かさを帯びることができる。 つくる側とつくってもらう側の意識の高さが一致し、継続していないと、このような場所になってしまう。 ↑ 名残惜しく受付をのぞいてみたら、缶コーヒーの空き缶がそのままになっていた。 さまざまなものが、だらしなく散らばっていた。 ここの価値をわかっていない人たちの運営なんだな。 新・渋谷駅のような鳴り物入りの大プロジェクトもわくわくするが、安藤さんはこういう小さく愛しい建物に、凝縮されたよさを感じることのできる建築家なので、ここの荒廃ぶりは胸が痛む。
by apakaba
| 2008-04-24 15:32
| 国内旅行
|
Comments(10)
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メリー
at 2008-04-25 11:06
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うへぇ~。。。。 なーんか滋賀県民としては、恥ずかしい気がするな。
安藤忠雄本人に対して、建築物を見学に来る人に対して、 失礼極まりないよね。いくら見学者がいないにしてもだ・・・ カエルが・・・ あぁぁぁ。。。 ブルーメの丘、私はまだ一度も行ったことないわ。 うちから、びわ湖を越えて、真反対になるのでね。 建築物より、公園内の花とかを目当てに行く人が多いんだろうな。 結構、地元ラジオでは、催し物とかの宣伝してるんだけどね。 あーあ。。。
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apakaba at 2008-04-25 16:06
あの農業公園が、県営なのかどうかはわかりませんでした。
美術館しか行かなかったけど、なんとも節操のない不思議なノリだったなあ。 うらさびしい気分になったよ。 でもお花だけはホントに見事でした。 チューリップがすばらしかった! そこだけ、「おお、オランダ旅行!」って気分になったよ!ほほほ。
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ぴよ
at 2008-04-25 21:33
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ブルーメの丘、去年行った。
ココは何するにも金ばっかり取りやがって全然面白くないんだ。 しかも職員がつんけんしててサービス精神ゼロ(怒) 二度と行くもんか!と思った場所だわさ。 美術館の存在は園内地図見て判ってたけど安藤氏が手掛けてたのか。 だったらもうちょっと頑張って足を延ばしてみればよかったな。 ひまわり畑の撮影がメインで行ったから、建物に入る気なかったし。
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apakaba at 2008-04-25 22:59
>ブルーメの丘、去年行った。
マジでチュカー!!! そんな人がこんな簡単に出てくるとは予想もしていませんでした。 ニッポンて、せまいのね。 私は、まず予備知識は著書から入ったから、先入観としてとっても志の高いものを感じていたのです。 でもあそこに行ったら、まったくクローズアップする気ナシ。ゼロ。 最初は、商売っ気なしってこと?と思ったんだけど、見て回るとそれなりに「ソーセージ作り体験」「アクセサリー作り体験」とかって、いろいろやってるのね。 ということは、この建築のユニークさやチャレンジングな闘魂を、マターク理解していない人の運営なのね……と、思い知ったわけです。 建築家とお施主さん(ここはちがうけど)との不幸な邂逅の典型を見ましたね。 それも、おもしろかったよ。
ご存知と思うけど、ウチの近くS川付近の安藤建築群。
被写体としてはもってこいなので、何度か足を運ぶのですが。 テナントが入っていない。入ってもすぐ潰れる。 建物って「使われない」と風化するんですよね。 この前行ったら、「風化」の兆しがあった。 わが街(ちょっと離れてるけど)にもアートな空気がやってきたと嬉々としてたけど。 なんだか箱物行政を見ているようで苦々しい。 4枚目の↑打ちひしがれている、眞紀様のお姿が痛々しい。
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apakaba at 2008-04-26 07:35
soraさん、私は未だS川に行けていないんです。
滋賀よりよっぽど近いっつーのに。 soraさんから前に聞いていた感想が、「街と浮いているような感じ」というようなことだったので、嫌な予感はしていたのですが、やはりダメになりつつありますか。 おそらく、建築家と施主(というのか)のどちらかが「悪い」ということではないんでしょうね。 お互いよほど頑固で、よほどの相思相愛でないと、新しい概念を持ち込み、継続することは困難なんだろうな。 打ちひしがれているように見えますか。あはは。 とにかくびっくりしましたね。
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那由他
at 2008-04-26 16:38
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私はブルーメの丘には、3回くらい行ってます。
基本的に、アウトドアの活動を楽しむ施設のように思います。 最初は、ブルーメの丘ができた頃、うちの家族と京都の叔母とで行きました。 子供たちが遊んでいる時に、叔母とこの美術館に行ったけど、まだ綺麗でした。 でも人気(ひとけ)が無く、だいたい小学生以下の子供たちが野外で遊ぶという感じの施設なので、そぐわないのかなぁと思っていました。 赤い帽子の女とか、そんな感じの絵があったような、おぼろげな記憶があります。 その後、自治会の役員が回ってきた時、レクの行事で行ったのと、教会学校の遠足で行きましたが、その時は、美術館は行きませんでした。 ブルーメを訪れる人たちのやりたいことと、美術館の存在とのすれ違いがあるのでしょう。 滋賀の美術館なら、前にメリーさんが行かれたという、佐川美術館が私は好きです。 平山郁夫さんと佐藤忠良さんの作品が常設展示されています。
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apakaba at 2008-04-26 22:42
那由他さん、赤い帽子の展示はできた当初の企画展だったみたいですね。
ファミリーや子供向けの敷地内に毛色の違うものがぽつんと入ってきているという、なにかちぐはぐな印象を受けました。 佐藤忠良さんは、拙宅から歩いて1分くらいのところにお住まいだったりします。 いや拙宅はボロ家なんですが!
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k国
at 2008-04-27 18:58
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どんなに立派な箱物を作っても、最終的に人なんですね。
立地条件の良い都会なら問答無用で流行るでしょうが、田舎で悪い評判が立つと致命的です。 それでも中にいる人は給料に響くわけじゃない、それが問題ですね。 生活に係われば必死になりますが、暇でも食えるならそっちの方が楽です。年金から何から国の借金の殆どがその積み重なりでしょう。
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apakaba at 2008-04-27 20:30
K国さん、本当にそのとおりですね。
都会では、逆にたいしたことないと思われるモノでももてはやされる危険はあります。たとえばあそことか、あそことか(これじゃわかりませんねえ) コンセンサスをとるのも大事だし、つねにチェック機能を働かせないといけないな。 |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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