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あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:生活の話題( 539 )


2019年 07月 31日

友達の10年間を聞く

きのう、とても古いママ友と会った。
知り合ったのは20年近く前だが、長く話したのは10年ぶりくらい。
10年ほど前に旦那さんが急逝し、電話で話したのが最後だった。
先日、最寄駅でたまたますれちがい、あらためてランチでもということになった。

この10年の話を聞く。
真面目で向学心が高く、お子さんたちにも教育熱心な主婦だった彼女は、「主人が死んでから、人生が180度変わってしまったの」と言う。

ハローワークで「資格もなく、その歳までなにもしてこなかった専業主婦では、たいした働き口がない」と言われ(言い方は違うと思うがだいたいこんな内容)、専門学校に入って資格を取り、仕事も得た。
しかし、精神のバランスを崩して子供たちに当たってしまい、親子とも長く苦しんだという。
姉弟のふたりきょうだいだが、特に下の子はまともに母親の感情のはけ口になり、高校生になるとそれまで抑えていたつらさが爆発して、母親に対して激しい反抗をするようになってしまった。
今は彼も大学生になり落ち着いたが、今でも中学生当時に母親から受けた心身への乱暴がフラッシュバックして平常心を失いそうになることがあるという。

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ウミネコの成鳥は怖い目をしているが……


詳しくは省くが、幼くあどけなかったあのふたりの子たちが、家庭内でそこまで苦しんでいたなんて、思いもしなかった。
息子さんは、「大人を信じられない」と言うそうだ。
自分が母親からの暴力に苦しめられて反撃したとき、誰も「お母さんもあなたにそんなことをしてはいけなかった」とは言ってくれなかった。
大人たちから自分だけが責められてきた。
お母さんもつらかったというのは頭ではわかるが、それでも「お母さんも悪かったよね」と、誰かに言ってほしかった。

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幼鳥はいたいけな目をしている


私は、仕事柄、被虐待児に接する機会が多い。
だからどうしても子供の側に立ってしまう。
それに、私は自分も父親を急になくした子供だったから、子供の側の気持ちがよくわかる。
そのときばかりは即座に「そりゃいけないわ。」と言うと、彼女は「そうよね。そう言ってくれる人がいれば、あの子も救われたのに。」
ご不幸からもうかなり立ち直っているようなので、続けて話した。
「私も自分の父が亡くなったとき、周りはみんな、お父さんがいなくてさびしいねとかかわいそうにねとか、いろいろ言ってくれるんだけど、それはもちろんそうなんだけど、そうじゃないの。
子供にとって本当にしんどいことは、“伴侶を失った親と一緒に生きていくこと”なのよ!ごめんね厳しいことをはっきり言っちゃって!でもそれって周りにはわからないことなの。当事者の子供にしか、わからないことなのよ。」
彼女は
「そうか!やっぱりそうなのね!ありがとう、言ってくれて。」
と、すっきりしたようだった。
ほんの少しでも、友達とお子さんたちの役に立ってよかった。


by apakaba | 2019-07-31 23:11 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 06月 19日

地震の話をする

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梅雨どきの雲はドラマチックだ



新潟・山形地震で被災された方、お見舞い申し上げます。

中1の国語の授業で、今日から東日本大震災について書かれた随筆の単元に入った。
先生が、導入に「きのうの夜、山形と新潟で大地震が起きましたね!」と話した。
私も、きのうの朝「大阪北部の地震からちょうど1年たったな」と思っていたばかりなので、あらためて地震の多さに怖くなった。
しかし1年生にとって、東日本大震災はうっすら覚えている程度のできごと。
教科書に随筆が載ってはいるが、さほど我が事としてのリアリティーはないだろう。

「今日はスペシャルゲストが来ていますので、東日本大震災当日に何をしていたか、語っていただきましょう!」
先生がいきなり私を指名してきた。
スペシャルゲストって私か。
たしかに、今この教室で先生以外に当日の話をリアルにできるのは、私だけか。

「私は東京に住んでいて、あの日も自宅にいました。
台所でお鍋とかを洗っていました。私の息子ふたりはもう大きくて大学生くらいだったので、息子ふたりも同じ部屋にいました。
今まで体験したことのなかった揺れで、現実のこととは思えず、3人で思わず笑ってしまったんですよね。
それから3人でテレビを見てみたら、津波の映像なんかが映っていて、それも現実と思えずに『映画みたい』と笑ってしまったんです。」

ここまで話すと、私が「笑った」ということに反応して、生徒たちも一斉に笑った。
笑わせるつもりはまったくなかったので驚いた。

「被害の様子が明らかになるにつれて、とんでもないことが起きたとわかってきました。
私はそのあと、たくさんの人が亡くなっていったそのときに、笑ってしまったことを何年も後悔しました。
自分はひどい人間だと思いました。
けれども、とても現実だと信じられないことを体験すると、気持ちをうまく処理することができず、人間は“笑う”という反応をしてしまうこともあるんですね。」

2クラス続けて国語の授業に入り、次のクラスでも(スペシャルゲストとして、トホホ)同じ話をしたが、あとのクラスの方がうまく話せたようで、最初の揺れとテレビの映像を信じられなくて「笑った」と私が言っても、誰ひとり笑わなかった。


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今でも、東日本大震災当日に笑った自分を嫌悪している。
それを生徒に話すことで、少し赦されようとしている。
浅ましいけれど、今日、たくさんの生徒の前で真面目に話したことで、気持ちが軽くなった。
この話にどれほどの教育的効果があるのかわからないけれど、少なくとも自分のためには意味があった。
学校は生徒のためだけにあるのではないんだな。
先生(私のことね)が心の平安を得ることもできて、それもまわりまわって生徒に還元されるといいなあ。


by apakaba | 2019-06-19 18:50 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 06月 10日

早稲田大学茶道研究会創立七十周年記念茶会

10年ぶりに、大学のサークルの周年記念茶会に行った。
5年ごとに開催されている行事だが、5年前は直前になって行くのが急におっくうになり、欠席していた。
だから先輩や後輩や同輩と会うのも10年ぶり、もしくは何十年ぶりだったのだが、やっぱり茶道は楽しかった。

10年前とまったく同じことを思った。
「学生時代に、幽霊部員ではなくてもっときちんと茶道を習っておけばよかった」
「学生時代に、サークルの人たちともっと深く付き合えばよかった」

茶道は月謝を払えば今すぐにでも習えるけれど、とかくお稽古事の茶道はお金がかかり、自分たちで主催してお茶会を開く機会も少なく、免状を出してもらう沙汰も金次第(言い方は悪いが)というところもある。
それに較べて、学生茶道は非営利だから安価できっちり教えてもらえた。


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朱色の袱紗ばさみは、大学のサークルに入った時に買った。
娘が高校の部活で茶道部に入り、これを貸していた。
ボッロボロになったので、七十周年記念茶会を機に、シックな色合いのものに買い換えた!


サークルの仲間のほとんど全員と、今の生活ではまったく縁が切れているトホホな状態。
これは、私が勝手にみんなに壁を作ってしまっていたせいもあるが、卒業後すぐに自分の結婚と出産が続いたというタイミングの悪さにもよる。
あそこで完全に失速してしまったな。
在籍中は私があまりちゃんとお稽古に出なかったし、卒業後は男子も女子も社会的に活躍したり、ゆとりある専業主婦になったりしていて、しょぼい自分とは差がありすぎると思い込んでいた。
今はだんだんそういうコンプレックスも減ってきて(ゼロではないけど)、楽しく付き合える気がする。
と、10年前にも同じことを思ったのだけど、あっという間にまた10年たってしまったね。

サークル内でほぼ唯一の友人のkくんと、今回もランチから一緒に行った。
ふだんはほぼやりとりがないのに、10年ぶりに会ってもまるでぎこちなくならず、一日中一緒にいても話題が途切れずしっくりしている、そして別れるときは特に名残惜しくもない。
また5年後に会うし。
こういうのがほんとに友達だなあと思う。


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なんですかねこの茶入れのデザインは……。


お茶会や、そのあとのパーティー会場や二次会会場で、懐かしい顔をたくさん見た。
20代のころに会ったきりだった(と思う)同輩女子から、いきなり
「えーと、『アキタコマチ』くんは元気?」
と聞かれてものすごくびっくりした。
な、なんで次男の名前を知ってるの。20代のころから音信が途切れていたのに!
「だって会ったじゃない。誰々の送別会のときに、馬場のカンボジア料理の店で。ベビーカーに乗せて0歳の『アキタコマチ』くんを連れてきてたよ。」
そう言われるまでまるっきり忘れていたが、たしかにそんなことがあったような。
「そのとき、眞紀ちゃんは『アキタコマチ』くんの口にキャベツとかを突っ込んでた。このあとすぐネパールに連れて行くんだって言ってた。」
それって24年前だわ。
よく覚えているなあ。
私は記憶力のいいほうだと思っていたけれど、一気に自信がなくなったよ。
きっと彼女にとっては、印象深い出来事だったのだろう。

自分が忘れてしまったことを人が覚えていて、何十年ぶりに教えてくれたりする。
なんておもしろいんだろう。
やっぱりこれからは、旧交も温め直そう(微妙な表現……)。

10年前に書いた話はこちら↓





by apakaba | 2019-06-10 17:23 | 生活の話題 | Comments(2)
2019年 05月 23日

最近の学校での一コマ

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母の日に「コシヒカリ」からもらった花束


中2の社会の授業では、日本の少子高齢化の話題。

先生「あなたたちが大人になるころは、少子高齢化はますます進んでいきます。少子高齢化の問題点について、班で話し合って意見を出しましょう。」

先生「では、どうですか?少子高齢化になると?」
A「働く人が減る!」
B「もらえる年金の額が減る!」
C「年金を払う人の負担が増える!」
D「介護をする人が不足する!」
E「伝統工芸とかを受け継ぐ人がいなくなる!」
F「一人当たりの税金がアップする!」
G「お年寄りはだんだん死んでいくから、さらに人口が減る!」
H「政治家が、高齢者を優遇する政策を選挙とかで公約して、そういう人が当選する!」
先生「はい、たくさん出ましたねー。どうですか、みなさんの未来は、明るいですか?」
生徒たち「暗いッ!」

すごいよねえ。
中学生は、これくらいのことはあっという間に考えるんです。



by apakaba | 2019-05-23 21:34 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 04月 20日

東京六大学野球

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12年ぶりに、東京六大学野球。
12年前は「ハンカチ王子」のブーム時だったが(決してハンカチ王子目当てでは……)、今回は自分が学生だったころにさんざんその名前をここでコールした小宮山が、早稲田大学野球部監督就任後の初試合となった。
学生時代も、プロになってからも小宮山が好きだったので、とてもうれしい。

学生の野球離れが進んだ結果か、元「学生席」は、一般の人間も安く入れる「応援席」という名称になり、学生のころと同じように歌ったり応援したりする。
私は応援しながら野球を見るというのがなかなかうまくできず(というかたいして好きじゃない)、野球を見れば応援はおろそかになるし、応援部の指図に従っていると野球を見逃す。
でもこれでは本末転倒ですね。
今日は、やっぱり野球を見たいので、応援はテキトーにしていた。
学生のころはこれができず、結局野球はよく見てなかったな。

とはいえ、応援歌やコールはすらすらとそらで言えるものばかりで、とても懐かしい。
安い娯楽で、ほんとによく行ってたからなー。
当時は、「おーい! (相手校)!」と呼びかけ、相手校をおとしめる(もちろんジョークのレベル)応援合戦が必ずあったが、今ではやらないのか。
あれおもしろかったんだけど。
そして応援部の撮影は禁止、座席での飲酒禁止。
なんだかだんだん、品が良くなってきたぞ。
まあそういう時代だからいいか。
そして早稲田大学応援部のチアリーダーたちが、昔とは比較にならないほどかわいくなっていて、それだけはかなりうれしかったぞ。
今日は、対東大戦だったのでワンサイドゲームだった。
ハラハラドキドキの接戦を見に、また行こうかなー。


by apakaba | 2019-04-20 19:01 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 04月 09日

桜の中で3年目の入学式

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今日の桜。


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1週間前の同じ桜。
今日は勤め先の中学校の入学式だった。
よくもってくれましたね!

長かった春休みが終わり、私も今日から仕事に復帰。
教員のようなものになってから3年目の春だ。
今年度も、とてもとても楽しみ。


by apakaba | 2019-04-09 21:41 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 03月 20日

卒業式ふたつ

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きのう、8:12の空


きのう、今日と二日続けて卒業式に出席。
勤め先2校の両方とも、卒業式に出られてよかった。
きのうは地元の学校の方で、勉強をずっと見てきた子たちの卒業だったので、感慨深かった。

今日は今年度から行き始めた学校で、私は3年生の授業には行っていなかったから、知らないままの子ばかり。
感慨は薄いだろうと思っていた。
しかし、整然とした式にすっかり感心してしまった。
地元の方はとにかくイエーイなノリの学校。
それもかわいいけど、今日の学校は厳粛さを少しも損なわず、実に立派。
勉強を教えることはなかったけれど、お昼の放送に毎日毎日クイーンを流しまくってくれた3年放送委員よ、ありがとう。
よかったぞ。

さらには両校の校長のステキなこと。
きのうの校長はロン毛気味の白髪に燕尾服で、とてもカッコいい。
指揮者みたい。
燕尾服なんてたいていの男には罰ゲームじみていて、とうてい着こなせないでしょう。
今日の校長は女性の校長で、ロングドレスでこれまた超美しい。
細身の長身で、ウエストシェイプの服がとても映える。
校長が二人ともおしゃれでステキなので、自分もちゃんとしなきゃって思える。

私の前を通り過ぎる時、卒業生の中でも、家庭、勉強、いろいろな理由で心配していた子たちを見つめ、心の中で「○○くん、がんばって。」とひとりずつに声をかける。
不登校で今日もやはり登校できなかった、ついに一度も会うことのなかった子たちにも、呼名のときに「がんばって。」と思った。
私がそう思っていることなど、彼らは知る由もない。
私の存在すらも知らない。
これから先も、その人たちには苦しいことが続くけれど、がんばって、生きていってほしい。

それにしても、卒業生たちは泣いたり笑ったりして、かわいいこと。
感動的にかわいい。
そばで見ているだけで、心から幸せになれる。
こんなすばらしい思いをさせてもらえるのだから、教員になって本当によかった。



by apakaba | 2019-03-20 15:12 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 03月 18日

そんなシーズン

Facebookから転載。

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おはようございます。
母が勝手に植えていった水仙、一輪だけ。
そっち向くのか。
仕事に行ってきます。



今日行った中学校では、今日が卒業アルバムをもらえる日だったようで、3年生はみんなサイン帳のように先生たちにサインをねだっていた。

この学校では3年生を受け持っていなかったので、私にサインを求める子は皆無であった。
同じ校舎にいながら、交わることのなかった人たちよ、卒業おめでとう。
と、思っていると、職員室前にワイワイとあふれかえっていた3年男子のひとりが
「あれ!?もしかして、オレら今日でもう、校庭で遊ぶの最後?」
一瞬だけ「あっ……」という雰囲気に。
そんなこと思うのかー。
中学生時代の私は、そんなこと思いもしなかった気がする。
誰も私に話しかけないが、心の中で「卒業おめでとう」と思う。


by apakaba | 2019-03-18 23:32 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 03月 12日

いつもあなたの前にいますよ

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中学3年生は進路も決まり、あと1週間で卒業だ。
校内の掃除をしたり、卒業式の練習に入ったりして毎日のんびりと過ごしている。
受験おつかれさま。

先週、英語の先生から「今日で3年生の英語は最後なので、よかったら授業に入りませんか」と誘われた。
学年末試験のあとで私も一息というところだったので、喜んで行ってみた。
そのクラスには、思い出深い男子生徒もいた。

この話の冒頭に出てくる、最後に質問してきた男の子。
彼とはこの日一度きりしか会わないと思っていた。
そのあと、私も中学校で働くことになり、彼も入学してきた。
学年トップの頭脳で、私の顔を見るといつも読書の話を持ちかけてきた。
勉強はよくできるから勉強を教えることはなかったが、読書のことなら私もいろいろ教えてあげられた。
もう卒業か。
さびしいね。

最後の英語の授業は、英語ゲームだった。
先生が8時間もかけて作成したという。
班対抗戦なので盛り上がる。
その中のひとつの問題が、こう書かれていた。

「I am always in front of you, but you will never see me. What am I ?」

英語のクイズ問題集などによく出る問題だが、みんな頭をひねって「空気?」「鏡?」などと相談している。
「あっ…!」
あの男子が短く声を上げて挙手。
「Future.」
みんなが「うわあ……。」「かっこいい〜!」と感嘆。
すぐ近くで見ていた私は、ヒクッと舌が上あごにくっついてしまう。
泣きそうになる。
フューチャー、この問題を最後の授業に持ってきてくれた先生、ありがとう。
しかし大丈夫か私は。
卒業式当日は、やっぱりバスタオルを用意したほうがいいんじゃないのか(涙が!)。


by apakaba | 2019-03-12 18:08 | 生活の話題 | Comments(0)
2019年 03月 11日

東日本大震災の日の影絵体験授業

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今日も近隣の小学校の影絵体験授業。
とてもよくできる子供たちで上出来だったが、なぜかクタクタに疲れてふらふらになってしまった。
トシだわーきついわ。
東日本大震災から8年過ぎた。
自分が未来のある人間に直接関わりたいと真剣に思うようになったのは、あのとき「もう日本はだめなんじゃないか」と考えたことが大きい。
今の日本はだめだけど、これからの日本はよくなるかもしれない。
だったら未来には大人になる今の子供に、よい人間になってほしい、と思って、いろんな教育的活動に取り組むようになっている。
今の子供を大事にすることは、将来、絶対無駄にならない。



by apakaba | 2019-03-11 15:04 | 生活の話題 | Comments(0)