あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:生活の話題( 521 )


2016年 05月 20日

中学生に勉強を教えるボランティア講師になる(後編)

きのうの前編の続き。

「定期試験前の土日の午前中に学校へ来て自習をする」ということが、この活動の主目的らしい。
実行委員長によれば、講師(=私)の役割は、板書したり、問題集を一から解いたりする必要はなく、見回りをしながら生徒に話しかけ、勉強をするように仕向けることらしい。
騒いだり遊んだりしてしまう子を注意する役目は講師ではなく、見張り役のお母さん(現役の保護者)が当番制で来てくれる。
なるほど。
学校や塾の“先生”と、家で注意をする“お母さん”の、中間くらいの仕事ね。

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同じ花でも満開もあればつぼみもある



まんべんなく机間巡視をしていると、グッと勉強に集中している子は、私が通ったことにも気づかない。
こういう子(こういうとき)は、話しかける必要なし。
だが問題集の答え合わせをしている女の子……国語の文章題、解答欄の自分の誤答の上に、赤字を上書きしてしまっている。
「あのね、答え合わせをするときはね。自分の答えの隣に、赤で正答を書くのがコツだよ。
そうして、自分の答えと、よーく見比べるの。
解答欄に正答を書き入れると、きれいに仕上がって気持ちいいよね。
でも、これだと自分が最初に何を書いたのか、見えなくなっちゃう。
そうすると、いつまでも、自分がどうして間違ってるのか、見つけられないでしょう?」
女子生徒は、ギクッとして、おろおろする。
「ここはもう書いちゃったからねえ。じゃあ、次の問題からやろうか!」
一巡してくると、今度はちゃんと隣に赤書きをしていた。

漢字練習に飽きて、そろそろしゃべり始めた女の子、「もう書いたもん。」
「うーん、ていねいできれいに書いたねえ。たくさん書いたねえ。
こうたくさん同じ字が並んでると、だんだん合ってるんだかまちがってるんだか、目がチカチカしてくるねえ。
うーん、この字は横棒が1本足りないように見えるんだけど……」
「華」という字の最後の横棒が足りない字を、どっさり練習していた。

数学の計算練習をしている男の子には「途中の式も書くんだよ。間違ったときに、どこで間違えたか見直せるから。」
国語のノートなのに横書きにしている男の子には、
「自分が見るだけのノートだから横書きでもいいって思うのかもしれないけど、国語ってね、この先、君が数限りなくやらなきゃいけない試験のときに、横書きで出題される国語の問題は、一生ないんだ。だから今のうちに、縦書きにしておいたほうがいい。
だって勉強って、目で覚えるものだから。
試験のとき、頼りになるのは自分が作ったノートでしょう?」

国語の文章題を、「わからない、わからない!」と頭を抱えている女の子。
「空欄を三文字で埋めるの。でもいい答えが、見つからない!」
「うーん、それって……あなたの頭の中から答えを見つけようとしているから、出ないんじゃないの?
答えってたいてい、本文の中にもう書いてあるんだよ。
ほら、『文章中の言葉から当てはめなさい』って書いてあるし。
あなたの頭から引っ張り出そうとしても、まあほとんどの場合、失敗ですよ。
国語はね、答えをここ(本文)に聞くの。
自分で考えようとしないで、こっち(本文)から見つければいいんだって思えば、気持ちが楽でしょう?」
「あ、これか。見つかった!」

みんな、勉強というより、勉強の方法を知らない。
どうやったらできるようになるのか、わかってないまま、がむしゃらに手を動かしている。
ほんの少し、ものの見方を示すだけで、子供の勉強の世界はパーッと開けるのに。

自分でよくがんばっている生徒には、あまり話しかけないで、むしろちょこちょこと教えてもらう。
化学の元素記号や化学式を書き出している男子生徒には、「HNO3って……これなんだっけ?」「硝酸。」「そうか! 硫化水素はH2S……このSって?」「硫黄だよ。」「なるほどね!この立派な事典みたいなのはなんなの。」
「おばあちゃんが買ってくれた。」
「ふーん、それで毎回持ってくるわけだね。これ便利だねえ。大事にしなよ。」

なぜか3年生でロシア語の勉強をしている男子がいる。
「なんでロシア語よ?」
「え、オレもう英語は無理かなってあきらめてて……今からロシア語やれば、ふつうはやらないから、見込みがあるかと。」
「なんだそれー。先取りですか。」
「そうそう。」
「君おもしろいね。私なんか、ぼりしょーい、はらしょー、スパスィーヴォくらいしか言えないわ。」

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花から見える世界、鯉から見える世界


ひとり、絶望的にやる気のない1年生の男の子がいる。
理科をやっているが、解答の字もメチャクチャで、答え合わせもしない。
そのわりには、ずっと座っている。
「やりっぱなしじゃなくて答え合わせをしないと、勉強にはならないよ。」
と言うと気に入らなかったようで、
「いいんだよ間違ってたって。答えが間違ってるからって何が悪いわけ? どうせ関係ないもん。」
中1にして勉強のステージから降りている。
「ふーん、ただまあ、今からまるっきり勉強がわからないままというのは、あまりにもつまんないよねえ。今からそれだとこの先の人生苦しいぞ。ま〜だま〜だ、試験だなんだと続いていくんだしね。
ここに来ているわけだし、この時間はがんばろう。」
と言ってみると、しぶしぶ解答集を取り出して答え合わせをする。
しかしマルバツだけつけて、見直しはしない。
「おお、いくつか合ってるところがあるじゃない。でも間違えたところを直さないと、ただのクイズと同じだよ。当たったー、はずれたー、って1回1回それっきり。間違えるのはいいんだよ。見直しが大事だよ。」
一応、まともなことを言うと、うるさくなってきたようで、
「あーもう帰りたいー。」
と言う。
「よし、じゃあ2時間目が終わったら帰りな。受付の人に断って帰るんだよ。
君がいてしゃべっちゃうと、周りの勉強している子たちの気が散るしね。また来なさい。おつかれさん。さようなら。」

だが次の時間になっても、まだいる。
「あれ、帰ってなかったの? 帰ってないなら、勉強するんだよ。」
どうも、帰るのは嫌なようだ。
私が机間巡視で近づいていくと、「また来たー。」と言って嫌な顔をする。
「君には勉強しろって言わないよ、言ってもやらないし。見回ってるだけ。勉強する子に教えるからね。」
少し突き放して、その代わりちょっとだけ体に触る。
通り過ぎるときに、背中や肩にちょっとだけ触る。
子供は言葉よりスキンシップで気持ちが動くことがある。
「絶望的にやる気のない子」と書いたが、こっちが先に絶望してはダメだ。
絶望しているのは本人で、あそこまでできないと、きっと授業を受けていてもちんぷんかんぷんで孤独だろう。
帰れと言われても帰ろうとしないのは、家に帰っても楽しくないか、怒られるからだろう。

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同じ花でも気分によって違うものに見える


私は、すべての子供は幸せになるべきだし、そのためには絶対に勉強をしなければならないと思っている。
目標は難関大学に入ることとか、そういうことではなくて、その子に合った最大限の努力をして、自分の幸せを自分で選べる権利を獲得できるよう、勉強をすべきだ。
くりかえし書いているが、世界の不幸は、正しく教育を受けられなかった人間が引き起こしていることばかりではないか。
そしてその犠牲になっているのも、正しく教育を受けられなかった子供。
世界の不幸を減らすのは、正しい教育を受ける子供を増やすことしかないと思う。
大人は、子供がその子に合ったレベルで(←これも大事)最大限に力を発揮できるよう、さまざまな形で手助けをするべきだと思う。
私の始めたボランティアなんて、たいした力にもならないけど、それでも、大人になっていく途中の子供の、知への入り口を開きたい。

6月に続く )


by apakaba | 2016-05-20 17:54 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 05月 19日

中学生に勉強を教えるボランティア講師になる(前編)

地元の中学校で勉強を教えることになった。
影絵劇団で一緒の人から「土日の午前中に来られて、子供に勉強を教えられる人。教えた経験があれば尚可。教員免許があれば尚尚可。誰かいませんか?」と相談され、「うーん、それは私かなあ。」ということで、急に決まった。
今年度12回、1年を通してのボランティア。といっても、教育委員会から少し謝礼金が出る。

その中学には、うちの子供が3人とも、(3歳差ずつなので)計9年間かよっていた。
自分の子供がとっくに卒業してから、また関わることになるとはなあ。
長男「ササニシキ」が中学生だったころに、当時の校長が始めた自習の場“土曜日学級”が、まだ続いていたとは知らなかった。
当時より回数が減り、その代わり日曜の朝もやることになったらしい。

5月の初めの週末からスタートした。
1年生が多く、2年、3年と、学年が上がるにつれ、塾などに通い始めるため、参加者は少なくなる。
40〜50人くらいの生徒が、思ったよりずっと熱心に自習をしていた。
五教科のどれをやってもよく、やる内容も本人の自由。
漢字練習をしたければするし、計算ドリルでも宿題のプリントでも定期試験のまとめでも、好きなことをしていい。
わからないことがあったら、机間巡視をしている“先生”(=私)に聞く。
土曜はボランティア要員の手が足りているが、日曜は来てくれる人がいなくて、“先生”は私ひとりだった。
休憩をはさみつつ、3校時分を勉強しつづける。
子供にとって、なかなかハード!

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本文とは関係ありませんが、このランチの翌日に初めて講師のボランティアに入ったので……


1年生は、知っている顔が多い。
私がいつも影絵の公演をしている小学校の6年生だった子たち。
それから、昨年度、「キャリア教育授業」の講師になって話をしに行った小学校の6年生だった子たちが入学してきているからだ。
(その話は「キャリア教育授業の講師になる」「子供に手抜きをするな」として書いた。)

影絵を見ていた小学校の子たちには、「私のこと知ってるでしょう。」といきなり話しかけると、「え?」
「影絵をやってたよ。いつも主役の声をやってた人。」と言うと、「ああ!」表情が変わる。
キャリア教育の講師で行った小学校の子たちには、「君を知ってる……君に一度会ったよ。」と話しかける。
「私の話を聞いてた。『私の夢は、三つありました。』っていう話。」
「ああ! 思い出した! ええっと、何になりたかったって言ってたっけ……。」
「『教えること、演技をすること、文章を書くこと、その三つを叶えたい』って。」
「そうだったそうだった!」
「思い出した? 今日からは“先生”になったんだ。」
にやっとすると、向こうもしたり顔でにやっと笑って、もう知り合いだ。
名札を見て、私の名前を思い出してくれた子もいた。
不良ぶって「そんな話をしに来たっけ? オレなんにも覚えてない。」と、わざと「あんたなんか知らない」みたいなことを言ってくる子がいる。
「ああ、君は欠席してたね。あの日。」と即答すると、「えっ? オレ、そうなの? 欠席? してたっけ……」と戸惑う。

そんな感じで、たったひとりの日曜日の先生だったのだが……

中学生の勉強は、内容も高度になってくるから、覚えていないことも多い。
予習もなしに全教科をひとりで見るのは不可能だ。
だが、実際に行ってみると、彼らはまだ、勉強という長い長い道のりの、もっとずーっと手前の位置にいるのだった。
ノートの使い方、字の書き方、誤答の直し方、暗記の仕方といった勉強の方法。
そしてそれ以前に、「勉強ってなんだ?」「なぜ勉強をするのか?」そんな話をしなければならない、とわかってきた。
後編に続く)


by apakaba | 2016-05-19 21:41 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 05月 06日

思いつき横浜方面ドライブ

横浜在住の友達から、私の生まれ育ったあたりをドライブしようとの提案。

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大船観音を見ると、高校生のころ、制服のまま学校をさぼって鎌倉方面へ行っていたことを思い出す。
何十年ぶりの大船駅はすっかり変わっていたけど、大船観音は同じだったねえ。


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ここは私のたってのリクエスト、「田谷の洞窟」だ。
最後に行ったのは大学4年のときかな?

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横浜南部の人間で、田谷の洞窟を知らないのはモグリだよ!
久方ぶりに行ったけど、なつかしい〜そして楽しい〜。
そして当時には気にも留めなかったことを、おもしろいと感じたりする。

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小柴のどんぶりやへ移動!
あなごの天ぷらおいしうございました。


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それにしても、前に「ササニシキ」と来たときも天気が悪かったねえ。→「ササニシキ」の横浜ドライブ
天気がよかったら、別の風景になったことだろう。

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このあと、私が小学校3年生から結婚するまでを過ごした家の近辺まで行ってみた。
かよっていた小学校は、なんにもなくなって空き地になっていた。
住んでいた家は、建て替えられて、まるで別の新しい家が建っていた。
でも近所の表札を見ると、ほとんどが昔と同じだった。
よく行っていた温水プールや、公園や、小中学校時代に通学したり友達と遊んだりしていた道を車で走った。

親も住んでいないから用事もないし、もう二度と来ることもないかもしれない。
なんだか変な気分だ。
胸が締め付けられるほど懐かしいってわけでもないけど、あんなに長い年月を思い出とともに過ごしたのに、もう縁が切れた、と実感した。

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そのあと、なんとなく川崎大師へ寄って帰る。

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カッコいいデザイン。


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す、すいてる。ひとけがほぼない。
お参りをしたあと、振り返ったところを撮るのが癖……というのは、前に書いた。

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昔っから思ってたけど、川崎大師ってカトマンズに似てるよね。
電車や高速に乗っていて、遠目から見ると、カトマンズに似ていて強烈に惹かれる。


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がっ、近づくとそんなにネパールでもない。

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閑散とした参道。
遠くに来てしまったという感覚。
横浜より、東京に近づきつつあるのに。

思いつきのドライブの割には、充実した半日だった。
横浜はノスタルジーしかない。
今はもう東京の方が好きだけど、横浜は、右を見ても左を見ても、ただただ懐かしく、子供だったころの自分のことを、次々と、とめどなく、思い出しては、恥ずかしい気持ちになる。
大人になるのは楽しいことだ。


by apakaba | 2016-05-06 22:29 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 04月 29日

銀婚式

今日は25回目の結婚記念日だ。
銀婚式か。
20回目のときには、私がバリ旅行をプレゼントしたのに、夫がなにもしてくれなかったことに甚だ失望し、25回目には期待しますと言っておいた。
何日か前に「焼き肉をおごる」と言っていたのに、「やっぱり金がないから無理」と。
てっきり今夜は焼き肉だと思っていたのに、また失望。
今夜は、焼き魚とか、煮物とかのふつうのごはんだ。

何度か書いているが、私は2010年にシンガポールでインド人占星術師に占ってもらった。
(そのときのブログ記事はこちら→シンガポール滞在2日半!(第7回)
リクルートのキュレーションサイトにも書きました。こちら→やってみた! 「インド占星術」を、シンガポールのリトルインディアで!

占いによれば、私が60歳のときに、「憂鬱なできごとがあり、気持ちが落ち込む」という。
これを夫に話すと、「俺が死ぬんだな! 60歳まで働いて、働きすぎて疲れてがんになって、61歳で死ぬんだ。」と勝手に決めてしまい、そのアイデアをいつの間にか二人とも信じるようになっている。
そうなると、私たちは金婚式は祝えないわけだ。
今日は節目なのに、なにかしてほしかった……

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きのうのお弁当。
とりももとまいたけのトマトソース煮込み、ふき煮、もやしのねぎ味噌炒め、プチトマト、とろろ昆布ごはん
毎日お弁当を作ってもなにも言ってもらえないのは少しさびしいものだ


って思っていたら、シルバーのネックレスをプレゼントしてくれた!
アクセサリーをプレゼントしてくれたことが今までにほぼ一度もなかったから、仰天した。
占いを信じるとすると、「真珠婚式(30周年)」、「珊瑚婚式(35周年)」まではまだ生きてる、大丈夫。
でも今回がびっくり仰天の感激だったからもういいや。
20周年に失望したのも、焼き肉がなくなったのもチャラにする。
このあと真珠も珊瑚もいらなくていいやと思った。

2008年の結婚記念日の話はこちら→けっこんきねんびオリエンテーーーーーリング!


by apakaba | 2016-04-29 17:27 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 03月 21日

金魚の夢は、吉夢? 凶夢?

子供のころから、たまに金魚の出てくる夢を見る。
決まって嫌な内容だ。
だから金魚が出てきた時点で、夢の中ですでにブルーになっている。
金魚は好きだが、見ているうちに生々しい悪夢を思い出してきゅうに気持ちが悪くなることもある。

初めて見た金魚の夢は、小学生か中学生のころ、私が大事に飼っていたリュウキンと同じ形の金魚が、金魚鉢から跳ねて飛び出してしまい、床をそのままサササササササッと私の足元まで猛スピードで近づいてくる夢だった。
金魚鉢から一歩(足はないけど)出た金魚は完全に無力で死ぬしかないと思い込んでいたのに、そんなふうに床を這ってこられることに仰天し、叫び出すほど怖かった。

高校生くらいのころ、お椀でけんちん汁かお雑煮のようなものを食べようとした瞬間に、目の前の金魚鉢から赤い和金が跳ねて、お椀に飛び込み、みるみるうちに煮えてしまったという夢も見た。


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赤犬だけど巻き毛じゃない



今朝は久しぶりに金魚が出てきた。
大きな水槽が割れて、大量の赤い和金が床に流れ出してしまう夢だった。
そういう内容の夢はこれまでも見たことがあったが、ちがっていたのは、いつものように私が「また金魚の夢か。また嫌な展開か」とブルーな気分になるよりも早く、「なんとか救わなければ」と考えるところだった。
水槽が割れたのは人がたくさんいる場所だったので、すでに人の足で踏み潰されてほとんどの金魚はずたずたになっていた。
指でつまむと、ただでさえ小さな和金の身は、すでに半分にちぎれている。
それをゴミ箱に放る。
まだ生きているような一匹を、口の中に入れた。

口に入れて、どこかへ運ぼうとしていた。
それをしている自分が、吐きそうなほど気持ち悪かった。
けれども“今までの自分とちがう行動だ”という自覚もあった。
最初の夢では、足元に這ってこられただけでぞっとした。
次の夢では、具材のようになってしまった金魚でも、口に入れるなどとうてい考えられなかった。

少し広い場所に出て、口から金魚を出して、床に置いてみると、動かない。
口の中でも動いていなかった。
すでに死んでいたのかもしれない。
口の中に入れれば、踏まれたりして傷つく心配はないけれど、水の中ではないから呼吸ができないではないか。
なぜそれがわからなかったのだろう。
自分の馬鹿さ加減にがっかりした。

そもそも水の中に放さず、ふたたび床に置いたら生き返るはずがなかった。
しかし見ていると、頭が上がって、口がパクパクした。
生きてた、と思う間もなく、金魚ではなくなって、とても小さな犬に変わっていた。
飼ってくれる人を見つけなければ……と、赤い巻き毛の犬を見て思ったところで終わった。

「『たまに金魚の夢を見る』という人は初めて」と言われたことがあり、夢占いではどういう意味があるだろうと検索してみた。



うーん、ピンとくるようなこないような。
私の夢に共通するのは、「金魚は金魚鉢や水槽から出てしまい、死ぬか瀕死」なこと。
とくに「泳ぐ金魚を眺め」てはいないこと。
そして「とても気分が悪い」ことだ。
じゃあいわゆる「凶夢」ということ?
今朝の夢の最後の最後で、いちおう瀕死の金魚を救って、それが犬に生まれ変わったのは、悪くない兆候かしら。


by apakaba | 2016-03-21 15:12 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 02月 22日

コーシロー10歳

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年をとったコーシローはとても不細工。
一日中、ふがふがと独り言を言いながら横になっている。
気が強くて、飼うのが本当に大変な犬だったけど、じいさんになってどうにかこうにか、飼えるようになった。
友達から「雄の柴は3年かかる(飼いならすのに)」と言われたけれど、10年かかってしまったじゃないか。
にゃんにゃんにゃんの猫の日に、誕生日だ。
どうせ犬だし特になにもしない、代わりに、今日一番不細工だった写真。


by apakaba | 2016-02-22 22:53 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 02月 19日

またまた別の、保育園時代の子

去年の5月に、2回つづけて、前に勤めていた保育園で見ていた子たちのことを書いた。

保育園時代の子


保育園にはさほど長く勤めていなかったから、思い出が少ない。
それだけに、最初に見た子のことはいつまでも覚えている。

私はその子を「あーちゃん」と呼んでいた。
あーちゃんは、前に書いた「こうくん」や「つーちゃん」と同じ年、今は2年生になっている男の子だった。
あーちゃんは人気のある子だった。
クールで頭がよくて絵がとびきり上手で、保育園いちの問題児も、あーちゃんのことは尊敬していた。
メガネをかけた大人びた子で、男の子同士にありがちなくだらないケンカをしたり、感情をむき出しにして怒ったりは決してしなかった。
ご両親も、なんとなくアートの香りのするすてきな感じの人たちだった。

しかしご両親は忙しいようで、あーちゃんは土曜日も保育園に預けられていた。
土曜の保育は平日よりも格段に子供の数が少ない。
保育園は幼稚園に較べてはるかに保育時間が長いので、子供達はそれなりに疲れている。
土曜も終日保育園にいるのは、幼児にとってやはり過酷なことなのだ。
しかも、土曜保育は同じ年の友達がほとんど来ないため、年下の子たちと同室で長時間遊ばなければならない。
これは一番年齢の高いクラスの子、とくに元気をもてあます男の子にとっては苦痛なことなのだ。

あーちゃんと同い年で土曜も来ていた子は、そうとうの暴れん坊で、誰彼なくボカスカ殴ってしまうような子だった。
この子も「ザ・男の子」という子でかわいかったけれど、どちらかというと絵を描いたり本を読んだりしていたいあーちゃんと、本気の取っ組み合いすれすれの遊びをしたい肉体派のその子では、長時間一緒にいたら双方にストレスが溜まる。
肉体派の子はあーちゃんに手荒くつっかかり、大人なあーちゃんはひたすら耐えていた。

ある日、私が彼らの保育室に入ると、当然のように肉体派の子ががばっと体ごと飛びかかってきた。
その子にひととおりかまってやると満足して立ち去った。
その一瞬の隙に、あーちゃんがスルスルっと寄ってきた。
きっと上手に描けた絵でも見せてくれるのだなと思って膝をついて待つと、まったく思いがけなかったことに……あーちゃんがぎゅっと抱きついてきた。
そんな子じゃないと思ってた。
今まで一度も、こんな子どもらしい甘えを見せてこない子だった。
知的でクールでおしゃれで、ふだんはあーちゃんとしゃべっていると、体の小さい大人と話しているような感覚だったのに。
私のような下っ端パートタイマーに、こんなことをするほど、あーちゃんには、抱えきれない疲労があったのか。
すごい力で抱きついてきたから、私も力を込めて抱きしめかえした。
ほんの数秒のできごとで、あーちゃんの気持ちが私の体に流れ込んできた。

ぱっと離れて何事もなかったかのように立ち去った。
それっきり、卒園するまで、あーちゃんは私にスキンシップを求めてくることはなかった。

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一度でも抱きしめた子は、どんな子であっても忘れられない。
精神年齢の高いあーちゃんが、小学校に入ってそれなりに苦労することを予感していた。
2年前の3月に卒園してから、一度も会っていない。
あーちゃんはどうしているかな……幸せだといいな……と、思い出してきた。

あさって、あーちゃんの入った小学校の近くで、私の所属している影絵劇団の公演がある。
私のいる劇団が本拠地にしている小学校とはちがう小学校に進んだから、彼は私の劇を見たことがない。
あさって、あーちゃんが来てくれるといいな。
君のためにやるよ。
あれ、あの声は……と、あーちゃんが遠い記憶をたぐってくれるようないい声を、出せるように準備しておくよ。


by apakaba | 2016-02-19 21:16 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 02月 14日

とりあえずiPhoneで1枚いっとく

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濁った池には曇り空。
清掃員は、生首もついでに回収するのだろうか。


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晴れた空には寒桜。
一本だけ咲いた桜には、グレーのコートを着た人々がヒヨドリのように吸い寄せられる。


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室内灯でエステラ・ガリシア。
窓の逆光と室内灯、スペインの金色がうまく出るか。


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スペインバルは自然光。
ありきたりのパエリアも、逆光だと意味ありげ?


出かけるとき、いつもカメラを忘れる。
iPhoneよりきれいに撮れるってわかってるけど、出かけること自体がうれしくてカメラのことまで覚えてない。
いい光を見たとき、初めて「うーん1枚いっとくか」と思い出す。


by apakaba | 2016-02-14 12:50 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 01月 12日

大変遅くなりましたが、今年の抱負!

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毎年恒例、「ササニシキ」が書く我が家の絵馬。
今まで、なんだかんだと個人的な願いばかりだったが、今年は満を持して「世界平和」に。

自分の今年の抱負をずっと考えていたが、今年はやっぱり、
「声を出せる体をつくる」
にしよう。

影絵の劇団で声担当をやっていると、年々、喉が弱くなり、体が衰えていくことを痛感する。
でも劇のクオリティーとボリュームは年々アップ。
私のコンディションとは反比例じゃないのー!

今日、7ヶ月ぶりに声チームに復帰して1回だけ練習をやってみたが、演技のカンが狂っているのは徐々に修正できるとはいえ、声を出さない生活のツケでバテバテ。
しばらく自覚していなかったが、耳硬化症による難聴もやっぱり少し進んでいるとわかった。
ああ、また「聞こえ」と「発声」のストレスフルな日々がやってくるのね……

毎朝、発声のために少しずつトレーニングをしているが、それを増やして、さらに体を鍛えることにする。
そしてもっと発声の勉強をする。
ガンバロー!!!!!!


by apakaba | 2016-01-12 17:13 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 01月 03日

この先のお正月のことを思う正月

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次男謹製、伊達巻き。


年々、うちのおせちのおいしさがレベルアップしていくが、今年はやはり、次男「アキタコマチ」が2年間の調理学校の勉強を経てプロのコックになったことで、格段に手早くなり、味の完成度が上がった。
手先の器用さは当然あるが、やはり、漠然と料理を作っている素人とちがって、料理を科学として理解しているところがちがうんだろうな。

毎年、「いつまで、こうしてみんなでお正月を迎えて、手作りのおせちを食べられるだろう」と、さびしくなる。
それは子供達のほうも思っているようで、「オレたちが出て行ったら、おかーさんどうするの?」と聞かれる。

「作らないよ、こんなめんどくさいもの。みんなが食べるから作るんで、お父さんとふたりじゃやる気ないもん。お正月に集まることがなくなったら、まあ、旅行とか行っちゃうだろうな。年越し海外旅行とか、年越し国内旅行。家族がいなきゃそっちのほうが楽しいもん。」

いつか子供が誰も帰ってきれくれなくなったら、年越しの旅行に行こう。
みんなそれぞれの場所でがんばっているだろうと想像しながら。
それまでは大掃除をして、おせちを作って食べて、百人一首をして、初詣に行って、年始回りに行く。


by apakaba | 2016-01-03 12:48 | 生活の話題 | Comments(0)