あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:子供( 411 )


2018年 01月 08日

「コシヒカリ」成人

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娘の「コシヒカリ」が成人して、今日は晴れ着を着て「成人の日のつどい」へ出かけた。
美容室の打ち合わせは自分で行ったが、夫が車でレンタルの晴れ着を受け取りに行き、今朝も家と美容室の送迎をした。
振袖からドレスに着替えて、地元の友達と二次会。
そのドレスを選ぶのは、夫の母が付き添ってくれた。
双方の祖父母からお祝いのお金をもらって、町内会からも金券をいただき、驚きながらも喜ぶ「コシヒカリ」。
今日はお友達のママが成人祝賀の会場まで送ってくださった。

「成人ってすごいなあ。わたしのために、いろんな人が動いてくれて、みんながおめでとうって言ってくれて。わたしはなんにもしてなくて、ひとりではなんにもできないのに、こんなにいろいろしてもらって、うれしい。
お父さんやおかーさんや、おじいちゃんやおばあちゃんや、いろんな人に育ててもらったんだねえ。
わたし、感激しちゃった。みんなにこんなによくしてもらって、わたしって幸せだなあ。」

こんなことを言ってもらおうとして20年育ててきたわけではないけど、20年たってこういうことを言ってもらえたら、やっぱり甲斐があったなと思う。


by apakaba | 2018-01-08 22:35 | 子供 | Comments(4)
2017年 12月 31日

大晦日

今年も「アキタコマチ」がおせち用のだしを引いてくれた。
今年の一番だしは、今までよりはるかにおいしい。
できたてをゴクゴクとみんなで飲んでしまう。

「おかーさんも、これくらいのだしを引ければ、もうオレが教えることは」
「もう、卒業でいいですか。」

小さいころからあんなに料理を教えてきたのに、不思議なものだ。
でもお煮しめは私が作ってきたとおりに、ごった煮にしないで一品ずつ、少しずつ味を変えて作ってくれた。
ありがたきこと。
有難し。

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戌年生まれのコーシロー。
ふたたび年男になることは、ない。
節分にはすこし豆でも食わすか……


by apakaba | 2017-12-31 23:41 | 子供 | Comments(0)
2017年 12月 30日

子供達の晦日

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ゆうべの長男「ササニシキ」。
毎年恒例、「ササニシキ」による冬の大感謝祭。
今年は「アキタコマチ」が年末も洋風おせちを作るレストランに就職してしまったため、「ササニシキ」が買った食材を「アキタコマチ」に作ってもらって5人で食べることができなくなった。
というわけで、「ササニシキ」が買って調理もする、初めての大感謝祭。

大きな牛モモを買って切り出し、ステーキにした。
これまでの冬の大感謝祭の凝り方からすると比較にならないシンプルさだが、シャンペンとワインも買ってくれたし、まあよし。

シャンペンとワインを空けて、私が買ったラフロイグをみんなで飲んでいると、「ササニシキ」に呼び出し。
地元の友達が地元で飲んでいるから今から来いと。
子供達は、小学校や中学校が一緒だった仲間と、たまに会っている。
「こんなにうまい酒を飲んだ後に、行きたくない……」と言いながら、結局夜遅くからチェーン居酒屋に出かけて行った。
そして「ササニシキ」は今朝6時過ぎには家を出て、沖縄へ行った。
その中にはゆうべ飲んでいた友達もいる。
沖縄には、やっぱり地元の友達が、転勤で住んでいるから会いに行ったのだった。

地元っていいなあ。
地元の友達とほぼ付き合いのなくなってしまった私は、子供達がとてもうらやましい。
今年度から、私は子供3人が卒業したその中学校で働いている。
中学生の生徒を見ていると、「この子たちの中にも、うちの子たちみたいに、大人になってもずーっと友達でいる人がいるんだな。大人になってから、付き合ったり、結婚したりする人たちも出てくるかもしれない。」と思うことがある。
うちの子たちに較べたらまだまだ幼い顔の中学生が、10年たって大人の顔になって、地元で飲んだり、しているんだろうなあ。
その様子を想像するだけで、なんだか胸がいっぱいになってしまう。
いいなあ。


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「アキタコマチ」が激務で家のことを何もできなくなった分、「コシヒカリ」ががんばって大掃除やおせち料理の手伝いをしてくれる。
私が「掃除が嫌、料理も嫌」と文句ばかり言っていると叱咤激励してくる。

これはもともとワインが入っていた木箱だが、「アキタコマチ」の以前の勤め先から、荷物を入れて持ち帰っていた。
それが年末まで2階の廊下のつきあたりにずっと置きっ放しになっていて、やっと今日、大掃除でワックスがけをするために1階に下ろしてきた。

「あのね、ここに三つ、黒っぽい丸い模様があるでしょう。わたし、これがずーっと」
“犬に似てるなあ”とは、実は私も思っていたのだ。
しかし娘は、
「犬に似てるなあって思っていて、この犬が、この箱に閉じ込められて、『ももたろうっ……さんっ……!たすけて……!とじこめられてしまいました……』って言ってるなあって。階段を上がってこれを見るたび、かわいそうだなあって」
ううむ、そこまでは考えていなかったね。
まだ子供かなあ。
ずっとこの調子かなあ。


by apakaba | 2017-12-30 20:50 | 子供 | Comments(0)
2017年 12月 25日

二十歳のクリスマスの朝

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クリスマス風の写真をまったく撮っていないので……暮れてゆく今年。


今朝、eneloop(一応、環境保護派なので、乾電池は全部eneloopにしている)の充電器がなくなってあちこち探し回る。
子供の誰かが自室に持っていったに違いないと思うが、男子部屋には入りたくないのでとりあえず娘の寝ている部屋に入ってみる。
だが見つからないままだった。

大学が冬休みに入り、怠惰な生活の娘の「コシヒカリ」が、昼近くにのろのろと起き出してきた。
「おかーさん、朝早くに、わたしの部屋にそっと入ってきた?」
“朝早く”ではなくてすでに9時ごろだったが、「うん、eneloopの充電器を探していたから。」と答える。
「あ、わたしが持っていったの。」
と持ってきた。
「これはみんなのものだから、自分の部屋に持っていかないで。」
「わかった。……あのね、今朝、お父さんかおかーさんが、そーっと部屋に入ってきたから、『もしかして……クリスマスプレゼントを置きにきたのかなあ!』って……期待した。」

メリークリスマス。
お言葉どおり、この身になりますように。


by apakaba | 2017-12-25 21:00 | 子供 | Comments(0)
2017年 11月 27日

11年ぶり、ジベルばら色粃糠疹(ひこうしん)トカナントカ

娘の「コシヒカリ」が、数日前にジベルばら色粃糠疹にかかった。
私も若い頃にさんざん苦しんだ皮膚病で、11年前に、小6だった次男「アキタコマチ」がかかっていた。



「あーこれはね。おかーさんも高校生のときにかかって、夜中にすごい発疹が出て、熱くなって眠れないことがあったよ。
そのときお母さん(=娘のおばあちゃん)が起きてくれて、『かわいそうに』って言ってうちわであおいでくれたよ。」
と言うと、「コシヒカリ」は
「えええ。おばあちゃん、やさしいね。おかーさんなら絶対にしてくれないね。『眠いから起こさないで、明日早いし』とか言いそう。」
と、ひどいことを言う。
「おかーさんはそんなひどい人じゃありません。昔、子供達が小さかった頃には、熱を出したり下痢したりすると『夜中に具合が悪かったら、おかーさんを起こしていいからね』と言い聞かせて寝かせてたよ。」
「そんなの子供が小さいなら当たり前じゃん。」

娘というのは、かくも冷たいものですかね。
私は、子供が病気の時には、子供達がだいぶ大きくなるまで「起こしていいからね。」と言い聞かせて寝かせていた。
その言葉を言うだけで、子供は安心して、少しは寝付きやすくなるかもしれないと思っていた。
そして、私がジベルばら色粃糠疹にかかったとき母に感謝したことを覚えているのと同じように、子供達も私のやさしさに感謝してくれるとばかり思っていた!
ぜんっぜん、そんなことないのね!
まるっきり忘れてるし!
私がバカだったよ!

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私が青春の日々を少し過ごした高田馬場


ところで、11年前には「オレって青春てこと?うそ!ひええ!」と叫んでいた小学生だった「アキタコマチ」は、ゆうべ終電を逃して職場で寝て、今日は定休日だが朝そのまま働いて、午後に帰ってきた。
家のそばの小学校の前で、下校中の小学生10人くらいに取り囲まれたという。

小学生に「ハロー」と言われたので「ハロー」と返した。
「うわー!イケメンだー!」「イケメンだー!」「イケメンだー!」と口々に言い、「何してる人ー?大学生?」「こうこうせい?」「ちゅうがくせい!?」と聞くので、「料理人だよ。コックさん。」と答えた。
「かっこいいー!イケメンだー!」
「イケメンだー!」
とまた言われた。

という話を「アキタコマチ」から聞いた。
ずいぶんノリノリな小学生だね。
小学生ってそんなだったっけ。
11年前には、息子は「イケメンだー」とかって叫ぶ側だったっけ。
うん、やっぱりおかーさんも忘れちゃった。子供のこと。


by apakaba | 2017-11-27 22:25 | 子供 | Comments(0)
2017年 09月 01日

ちびっこ忍者

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次男が8月の休みの日に作ってくれた


今日から二学期。
久しぶりに早起きして夫(教員)のお弁当を作っていて、缶詰のふたで指先を切ってしまった。
ガーゼ部分をてっぺんに、絆創膏を二つ折りにするようにして貼る。
くるくる巻きつける普通の貼り方では、指先の怪我を覆うことができないからだ。

幼稚園児だったころの次男「アキタコマチ」の笑顔が、ぱっと浮かんだ。
まだ半分寝ぼけたままの頭で、どうしてなのか考える。
絆創膏をこの形に貼ったら思い浮かんだのだ。

ほぼ20年前、次男は幼稚園に入園した。
そのころは、子供なのでよく怪我をしていた。
指先を怪我すると、泣きながら絆創膏を貼ってもらいに来た。
ガーゼ部分をてっぺんにして、二つ折りの貼り方をしても、指が小さくて細いのでてっぺん部分はだぶついている。
指先であまっている左右の部分をつまむようにして貼り合わせると、ふたつ角(つの)が立って、ちょうど頭巾のように見えた。

「ほら、“ちびっこ忍者”だよ。」
と言うと、「アキタコマチ」は顔を輝かせた。
「アキタコマチ」は、当時のお遊戯会で「ゆけ、ちびっこ忍者」という遊戯を踊っていた。
喜んで絆創膏の指を動かしながら、一緒に「ゆけゆけゆけゆけ、ちびっこ忍者!やあ!」という歌を歌った。

それからしばらくは、指先に怪我をするたびに「ちびっこ忍者にして。」と言ってきた。
ボールペンで、勇ましい男の子の顔を描いてやったこともあった。

やがて、不器用な私よりも、手先の器用な「アキタコマチ」は、自分で“ちびっこ忍者”を形良く作れるようになり、そのうちに怪我もしなくなった。

……と、いうことを、自分で貼った絆創膏を見て、いっぺんに思い出した。
20年近く、ずうっと忘れていた。
急に泣きそうになった。
大事だったはずのひととき。
あんなにかわいいと思って、あんなに楽しかったことも、やっぱり忘れてしまう。
今日は思い出せてよかった。
このままでは、きっとまた忘れて、20年後にはもう思い出せなくなっているかもしれないから、忘れないうちに、ここに書いておく。


by apakaba | 2017-09-01 15:48 | 子供 | Comments(0)
2017年 05月 28日

「アキタコマチ」の最後のディナーへ


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ウニとコンソメジュレ、にんじんのムース。次男作。
ウニを敬遠しがちな「コシヒカリ」もぺろぺろと平らげた


ご無沙汰でございます。
新しい仕事を始めてから、ブログを書く時間がぜんぜんなくなってしまった。
いろんなことがあるから書きたいけど、その気力と体力が残ってない〜。
せめて子供の話題だけでも。


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宮古直送のサクラマスは、片面だけを軽く焼く。
レンズ豆にはコリアンダーなどのエスニックな風味づけが似合う。



次男「アキタコマチ」はフランス料理のコックだが、勤め先のレストランが、諸般の事情により5月いっぱいで閉店することになった。
4月に告知が出ると、閉店を惜しむ常連のお客さんや、「興味はあったけど閉店するなら一度行ってみよう」という新規のお客さんがどんどん予約を入れてきて、ランチもディナーも殺人的な忙しさとなった。


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このお店のスペシャリテ、コンソメスープ。
他店ではまず口にすることはできないであろう味。


実は、閉店の今なのでカミングアウトすると、このレストランは掛け値無しのすばらしい料理を出すのだが、コックの数が異常に少なかった。
息子が就職した2年前の春には、シェフとスーシェフ(二番手シェフ)の二人の下、3人目として働き始めたが、スーシェフは1年もたたないうちに退職してしまった。
そのため、この1年以上、ずっとシェフと息子の二人きりで料理を作ってきた。
街のラーメン屋や洋食屋などの店に何人の料理人がいるかを考えたら、36席のフレンチレストランを二人で回すのがいかに過酷かは想像がつく。
たとえばホテルのレストランなどだったらパセリのみじん切りから始めていたはずのひよっこが、「オレが実質スーシェフとか!」


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アマダイ。腰を抜かすおいしさ。
うろこを逆立ててぱりぱりに焼き、身の方はやっと火が通るだけに仕立てる。
身の厚みに関わらず均一な(やっとの)火通し、神業だ。
ソースの濃さ、味わいの奥行き、採算度外視。


シェフは、まるで息子を育てるように、この2年間ですべての技を「アキタコマチ」に注いでくれた。
他のどこでも味わえないコンソメスープの作り方は、他の誰にも教えてこなかった。前のスーシェフにさえ。
まさに一子相伝の教育には、心から感謝している。
そして、新しい勤め先もしっかり用意してくださった。
こんどのお店は、私のお小遣いでは手が届かない、日本でも屈指のフレンチレストランだ。


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口直しのグラニテは、ルビーグレープフルーツ?
ここまででだいぶ飲んで、忘れてしまった。


ゆうべ、家族で最後のディナーへ行ってきた。
息子が作ったものを、コック姿の本人から直接説明を受けて食べるという機会も、もう最後かもしれない。
いつ来てもおいしかったが、ゆうべは特に、気迫のこもった調理場からのメッセージをダイレクトに受け取るような時間だった。


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乳飲み仔羊。
煮込み、コンフィ、ステーキの3種類の調理法で(ピエール・ガニェールか!)。
今流行りの、やたらと盛り付けがファンタスティックなレストランとは一線を画す質実剛健な料理。
このあとは、食べ物とは思えない香りを発するチーズと、ポートワイン。



小学生から高校生までの間は私が料理を教えたけれど、そのあとは、調理学校とバイト先の人気パブ、そして就職先のレストランで育ててもらった。
ありがたいこと。
すべての関係者に、お礼を言いたい。

5月いっぱいで閉店したら、7月から新しいレストランに移る。
6月は、ひとりであちこち海外旅行へ行くという。
幸あれ。
あ、長男の司法試験も終わってます。まあ受かるでしょう。
ということは……6月の我が家は、無職の男が二人か!
ありゃりゃあ〜〜〜〜。


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ぐるぐるとまわっているように見える人生も、実はちょっとずつ、進んでいる。



by apakaba | 2017-05-28 12:47 | 子供 | Comments(0)
2017年 03月 30日

3月の子供たちのこと

最近の子供たちの話題など。

先日、「ササニシキ」が大学院を卒業したらしい。
「お前の卒業式っていつ」と聞いても、今月になるまで「よくわかんない。」と答えてきた「ササニシキ」だが、一週間くらい前に「28日。」という。
「ふーん。卒業式には出るの。」
「出ない。」
「なんで。」
「時間がない。」
「じゃあ卒業証書はどうやってもらうのよ。」
「わかんない。」
勉強に忙しくて、卒業式にも出る時間がないらしい。
6年前の大学入学式のときには、両方の祖父母が出席してしまうという派手な喜びようだったのに(私は出席しませんよ)、卒業はひっそりしたものだ。

27日、「お前明日卒業式でしょう。」というと、「うふふっ。おかーさん、なんでそんなの覚えてるの。」
「そりゃ当たり前だよ。かわいい子供の卒業式くらい覚えてるでしょう。」
「うひひ。そんなこと言ってー。」
私が子供のことに本当に興味がない親だと思い込んでいるらしい。

きのう、一応卒業パーティーをした。
「アキタコマチ」がパエリアを作った。

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具材が多すぎてコメが見えないけれど、私が作るのとはまるっきり別レベルの味。
当たり前だけど。
「ササニシキ」は卒業後も引き続き大学の図書館を使って勉強をし、私たちが食後のケーキを食べているころにやっと帰ってきた。
法科大学院というのは実に奇妙なもので、司法試験を待たずに卒業させてしまう。
だからとうとう無職の男になっちゃった。
卒業おめでとうという言葉も、なんだか出てきにくい状況。
でも親としては、また一人、子供がもう学生じゃなくなったんだと思うと、それなりに感慨深い。


「アキタコマチ」も、ここのところとても大変だった。
勤め先のシェフが、日頃の無理がたたって、怪我の感染症から発熱して入院してしまった。
一気に「アキタコマチ」に責任がかかってきた。
もともとスタッフの数が少なすぎることが、シェフが倒れた原因だ。
しかし、「アキタコマチ」がこの大ピンチをうまく切り抜ければ「なーんだ、お前だけでもどうにかなるもんだなわっはっは」という楽観的な結論になるだろうし、失敗をすれば「なーんだ、やっぱりお前は半人前だな」との評価になるだろうというダブルバインド。
まあ「アキタコマチ」の性格だから、意地でもやり遂げたけど。
シェフももう復帰してくださったので、「わっはっは」めでたしめでたし、ということに落ち着きつつある。


「コシヒカリ」は滑ったり転んだりの台湾ひとり旅から戻ってきた。
旅行記を書いていたので、また掲載していく予定。


台湾から帰ってきて、友達と遊びに行った帰り、中央線のホームで、人が落ちて死ぬところを見てしまったという。
夜のホームですぐ隣に並んでいた酔っ払いの男性が、自らホームに頭から落ちていった。
連れの人か他人かわからないが、その隣にいたメガネの男性が、すぐに緊急停止ボタンを押したが、ホームに入ってきた電車がスピードを落としきれず、そのまま轢いてしまったという。
メガネの男性はメガネを外して駅の階段に座りこみ、頭を抱えていたという。
ショックを受けて帰ってきた。

毎日、子供たちにもいろんなことがある。
それを日々聞いている。


by apakaba | 2017-03-30 11:32 | 子供 | Comments(0)
2017年 03月 14日

「コシヒカリ」が海外ひとり旅デビュー

今は二人とも多忙で無理だが、長男次男とも、以前はかなりたくさん旅行をしていた。

一人ででも友達同士とでも、国内外へどんどん出かけていた。
娘の「コシヒカリ」は、高校を卒業するときに、兄たちに倣って広島へひとり旅をした。
「ひとり旅は、楽しいけど、さびしい。わたしはやっぱりひとり旅には向かないんじゃないかと思う……。」
しばらくそんなことを言っていたが、この春休みに台湾へ行くことにしたらしい。
本当は私に一緒に行ってほしかったようだが、「大学生になったら親を頼らないで一人で海外旅行をしなさい。」と突き放したのだった。

だが!
突き放したはいいが、心配で心配でたまらない。
兄たちとちがい、娘は海外旅行に対する心構えがまるっきりできていない子なのだ。
あんなにいろいろな国へ行っているのに。
娘は、これまでインドネシア(バリ)、ロシア、イギリス2回、香港、マカオ、台湾2回、ポーランド、オーストラリア、シンガポール2回、と、なかなか華麗な渡航歴を持っている。

そ、そ、それなのにですよ。
自宅から羽田空港まで行く行き方がわからない!
ていうかそもそも、羽田空港と成田空港の区別がついてない!
羽田空港に着いたら何をしたらいいのか、まったくわからない!
「あの、みんなが見上げてる、“でんしばん”を見ればいいの?」
「……でんしばん ってナンデスカ。」
フライト案内表示器の見方も知らない。
チェックインも出国審査も搭乗口にいつ行くのかも、とにかくなにもかも、海外旅行を一度もしたことのない人に教えるように話さないといけない。
この子の人任せぶりは、いったいなんだろう?
そのくせ、「台湾は漢字が読めれば大丈夫でしょ」と、なめてかかっている。
2回行ったことがあるとはいえ、両方とも家族が連れて行っていたから、自分ではなにもできないままなのに。

旅先のトラブル事例や注意事項を、山ほど教えた。
「漢字が読めるからって、油断したらだめ。バスに乗ろうとしたって、同じ行き先が書いてあるバスがバス停にいっぱい来ちゃったりするんだから。そのどれに乗ればいいのか、確かめること。そもそも思っていたよりバス停が遠いとかいうこともあるから、とにかく時間に余裕を持って行動するんだよ!」
と、きのうあんなに言い聞かせたのに、今朝はもう家から出る時間が遅くなっている。
夫に持たせるお弁当をすごい速さで作って、駅まで車で送った。
送りながら怒りっぱなし。

朝の家事を終えて、そろそろ飛行機に乗る頃だなあと思っていると、メールが来た。
私はApple Watchを使っていて、これにはメッセージに対する簡単な返信機能がついているため、タッチミスをしてとんちんかんな返事を送ってしまった。

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ださいやりとり。

台湾をふつうに観光してくるだけなら、私もここまで心配しないが、娘の目的は台湾原住民(原住民とは差別的な呼称ではなく、原住民自身の自称である)の村を訪ねることなのだ。
私が4年前に行こうとして失敗した、ルカイ族という人々の住む山奥の村へ行こうとしている。

私のこの旅行記を読んだことがきっかけだ。
当時壊れていた道路が、今は開通して旅行者も入れるようになったらしいが、外国人の立ち入りを制限している区域なので、警察署に行って入山許可証を取らなければならない。
そんなのできるの?
英語もまるっきりできず、旅スキルゼロの子が。

もうひとつ、私が台湾映画『セデック・バレ』を勧めたこともきっかけになった。
セデック族という原住民の抗日運動の話で、日本統治時代に、山の原住民がいかに日本人に抵抗したかを描いた超大作だ。
思った通り娘は
「原住民かっこよかったー!首狩り(当時は首狩りの習慣があった)超カッコいい!」
と盛り上がり、
「日本人が皆殺しになった場所と、セデック族の首領の碑を見に行く!」
と言い出す。
「原住民はハンサムぞろいだよ。台北から南へ行くと美男美女率がいきなり上がるから!」
と私が言ったのもいけなかった。
「『セデック・バレ』みたいなカッコいい人がいっぱいの台湾!」
と夢見ている。

日本のすぐ近くの国をよく知りたいと思うのは、とてもいいなと思う。
日本人は、台湾人のことを、ともすると都合よく「親日」と思いすぎる傾向があるが、山の暮らしをしていた原住民にとって、日本統治は受け入れられるはずのない強圧であった。
現場へ行って、ルカイ族やセデック族の建築や食生活や習慣といった文化を知り、漢民族とはちがう人々の顔立ちを見て、初めて深く感じ取れることがあると思う。
娘は感激屋なので、行けば100%、感動する。

でも心配。
子供達の旅志向は、結局、親の私の影響というか責任に他ならないけれど、息子二人とはちがってやっぱり心配なのよ。


by apakaba | 2017-03-14 15:41 | 子供 | Comments(0)
2017年 01月 26日

横浜中華街ドライブ

香港フード合宿もまだ中編までしか進んでいないが、香港で新たな刺激を受けたのか、「アキタコマチ」が
「オレの中華料理の腕は、このままだと限界だ。これ以上は、やっぱり中国人コックの料理から学ばなければ!」
と、いきなり言い出す。
「横浜中華街へ行く! そして食べて勉強する!」

そうは言ってもねえ。
横浜中華街にある店が、どこもかしこも勉強になる店ばかりじゃ、ないのよ……と、元横浜市民の私はひそかに思うが、張り切っているので一緒に行くことにした。
大学が春休みに入った「コシヒカリ」も連れて、3人で横浜ドライブ。
以前、「ササニシキ」がひまな大学生だったころには、運転の練習としてやっぱり横浜方面に行ったなあ。

あれは実に傑作なドライブだった(「ササニシキ」の不思議なノリをぜひ読んでください)。
「アキタコマチ」は、免許を取って1年以上たつが、なんと一度も高速道路を走ったことがないという。
これにはビックリした。
首都高は、慣れていないととても大変だ。
(ぶつけたわけじゃないけど精神的に)満身創痍、ヨレヨレと横浜にたどり着く。

2軒はしごして、小皿やセットメニューをいろいろと頼む。
料理の写真はなし。
うなるほどおいしいものが食べられなかったためだ。
ごくふつうの一般的な中華の店で、これなら遠くまで来なくても、結局うちのそばの中華料理屋の方がずっとおいしかったのでは、という身もふたもない結論。
「コシヒカリ」はひとりで盛り上がって、ごま団子や肉まん、天津甘栗など、好物をじゃんじゃん買っては食べている。


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あまり中華料理の勉強にはならなかったようだが、よく晴れた日だったのでドライブは楽しかった。
ふだんは子供たちと出かけることもないし、家では毎日顔を合わせているけれど、出かけているといろいろしゃべるので楽しい。
写真を撮って盛り上がったり。


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「今日は楽しかったね。」と「コシヒカリ」がデートの見本のようなことを言う。

夜は、私が体調不良で夕飯を作るのを渋っていると「アキタコマチ」がおいしい中華料理を作ってくれた。
中華料理ばっかり食べている日になったけど、「アキタコマチ」の作った蒸し魚とニラレバが一番おいしかった。


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イトヨリ。
超高級XO醤をうまく使ってくれた




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ニラレバをレバニラと最初に言ったのはバカボンのパパだとか


中華は火通しがすべてだそうで、たしかにニラレバのレバー、もやし、玉ねぎそれぞれの火通しは完璧であった。
運転は慣れていないからあまり上達しないが、料理は毎日やっているから上達しているな〜。


by apakaba | 2017-01-26 17:14 | 子供 | Comments(0)