あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ

<   2018年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧


2018年 07月 31日

地元サッカー部でつながる

次男「アキタコマチ」は月曜が休みの日。
毎週月曜にはよく遊びに行っているので、「次の月曜は何するの?」と聞く。

「ええと、遊びに行く。ヤスオくんと。」
「ヤスオくん? なんで?!」
「あと、ユリコ。」
「なんだその集まりは……中学のサッカー部?」
「まあ、そう。それしかこの3人に共通点がないね。」

ヤスオくんというのは、長男「ササニシキ」の小中学校時代の同級生で、地元中学のサッカー部出身だ。
つまり「アキタコマチ」の3年年長だ。
ユリコというのは、「アキタコマチ」の中学校時代の同級生で、女の子ながらサッカー部に所属していた、元気のいい子だ。

今朝、真っ赤に日焼けした「アキタコマチ」が起きてきたので、「何して遊んだの。」と聞くと、
「ヤスオくんが運転して千葉の海に行った。遊泳区域の限界のブイまで泳いで、3人で一個のブイに少しつかまって休んでまた戻って、3往復した。すごく疲れた!」
「へええー。ずいぶん泳いだね。さすが体育教師(ヤスオくんは小学校の先生で専攻は体育)。夏らしい遊びをしたねえ。海水浴なんて!」

ヤスオくんは「ササニシキ」のこともいつも気にかけていてくれる、地元のありがたい友達だ。
面倒見がよくてやさしい。
小さいころ、「アキタコマチ」はよく「あー、オレのお兄ちゃんがヤスオくんだったらいいのに。」と言っていた。
海から戻って、いったん車を置いて、近所で飲んで、最後の方にまた一人、サッカー部時代の友達も加わったという。

c0042704_18430845.jpg
本文と関係ありませんが。
暑かったシンガポールの空。


今、私は子供達が卒業した学校で働いていて、その中にはサッカー部の子もたくさんいる。
ということは、今、勉強を見ている生徒たちも、うちの子たちやヤスオくんたちの後輩かー。
そう思うと、とても懐かしく、いっそうかわいく思える。

それにしても地元のつながりはいいなあ。
毎日猛烈に働いている「アキタコマチ」は、ハードな海水浴でクタクタになったようだが、よく日焼けして楽しそうだった。

ありがたいヤスオくんのことを書いた、13年前の話



by apakaba | 2018-07-31 18:50 | 子供 | Comments(0)
2018年 07月 24日

憧れのおばあさん的生活

c0042704_17334810.jpg
本文とは関係ありませんが。
シンガポールに行ってきました。
健康な体があってこそ旅行ができますね。


地元にいると、よく、病院の待合室とか、バス停とか、道端でも、おばあさん同士がばったり会って「あらーっ、誰々さん! お久しぶり! ちっともお変わりなく!」「……。あらあーっ! 誰かと思ったら!」なんて言い合って、ひとしきり昔話や自分の具合の悪さについておしゃべりをしている。
あれ、いいなあ。
私もおばあさんになったらああいうことがしたいの。

私はかねてから友達にこう言っていた。
そうしたら、今日、整形外科に娘の小学校時代のママ友がいた。
手を振ると「あらーっ!」と言う。
3年に一度くらい、たまたますれちがう。
お互いの娘同士は、しばしば駅のそばの居酒屋で飲んでいる。

「どこが悪いの?」と聞かれたので、
「私は椎間板ヘルニアのリハビリ。電気治療と、腰の牽引をするの。」
「私は腰の狭窄症でねえ。あーうちの娘に聞いたわ。あなたが椎間板ヘルニアになったって。」
「な、なんで知ってるの。」
「それで『コシヒカリ』ちゃんは『おかーさんが腰が痛くてそのうち歩けなくなるかもしれないから、そのために運転免許を取ることにした』って。だから教習所に通ってるんだって聞いたわよ。」
「なんだその美談仕立て……。すごくいい娘みたいじゃないの……。」

などと話していると、またもうひとり、娘の小学校時代のママ友が。
そしてまたしても「あらーっ!」
そして「どこが悪いの?」「トシねえ〜。」

いいなあ。
ママ友って本当に貴重で、ありがたい。
昔から憧れていた、“おばあさん同士の再会”シーンを、そろそろ実現できるようになってきた!
ちなみに私は、腰の椎間板ヘルニアが痛く、テニス肘と五十肩は完治せず、新たに足底筋膜炎になりそうな気配だ!
まだまだ、というかこれからずっと、整形外科には通う人生ね。
これからもっと頻繁に、待合室で「あらーっ!」となっていくんだなあ。
地元はいいなあ。


by apakaba | 2018-07-24 17:37 | 生活の話題 | Comments(0)
2018年 07月 13日

影絵のこと

c0042704_16513085.jpg
犬は後悔しない


影絵人形劇団の今年度最初の公演が終わった。
私は毎度ながら主役の少年の声を当てた。
しかし、この4月から教員の仕事が倍に増えたため、練習にほとんど参加できなくなってしまった。
これまでは、企画段階からきちんと関わり、作品理解のための話し合いを重ねて、ほとんどの練習に参加してきたのに。
ようやく休みを調整して練習に行けたのは、もう最終段階でたった3回。
家で自主練をする余裕もなく、みんなとの温度差を感じながら、明らかに「口だけで」セリフを読んでいた。
これじゃあ、なあ……と焦るけれど、役が見えてこない。
自分に与えられた役割が、わからない。
わからないまま、とうとう本番の朝になっちゃった。

私は必ず主役をやる。
劇団代表が作る話は、私が読むことを想定してセリフが書かれている。
ラストに、その話の核となる主役のセリフが用意されている。
「ちゃんと主役をやって、特にここをしっかり読んでね」と口に出して頼まれたことはないが、初めて台本を開いて目を通すとき、いつでもその核となるセリフがバーンと目に飛び込んでくる。
そこに行き着くと、「これを読むのは私なんだなあ」と、代表からのメッセージ、いや、命令としてそのセリフを受け取る。
受け取ったら、大切に大切に磨いて、練習期間中はそのセリフのことをずっと考えている。
でも、今回はそれがまったくできていなかった。

私よりうまい人、きれいな声を出す人はいくらでもいるだろうけど、私より切実さを声に込める人はいない、と自負している。
私などはただの素人だから、どっちにしろたいしたものではない。
しかし、私の声で、見ている子供たちを別の世界へ連れ出したい。
別の世界を垣間見せたい。
誰も代わりになれない声を出したい。
ずっとそれを目指してやってきた。
それなのに、こんなに何も決まらないままで本番とは……と、暗い気持ちで起き上がった。
起きたときに急にすべてがわかった。

今回の役は、大地の子(王子)だ。
戦争で大地が荒れ果て、悪魔の存在がはびこり、森も海も暗くなってしまった世界に、力を合わせて再び明るさを取り戻そうという話。
最後、明るさが戻った世界で、これからどうするのかと聞かれ、王子はこう答える。
「この国が元どおりになったら、旅に出かけるよ。そして、見たことのない国の人たちと友達になって、お互いの国を知り、二度と戦が起きないようにするんだ。」
ずっと口先だけで読んできたけれど、その朝、突然この言葉が、自分とぴったり重なったのだった。
これは私がずっと求めてきたこと。
どうして今まで、わからなかったんだろう?
このセリフの深さに。

当日に気づいたから、仕方なく、ぶっつけ本番で読んだ。

「この国が元どおりになったら、」
私は自分の国の現在と未来を憂う。
他国の現在と未来も、やはり憂えている。
“元どおり”への、なんと道のりの長いことか。未来はあるのか?

「旅に出かけるよ。そして、見たことのない国の人たちと友達になって、」
10代のころから、ずっと続けてきたこと。
旅に出よう。広い世界を知ろう。
これまで旅してきた世界の、さまざまな情景が目の先を移っていく。

「お互いの国を知り、」
海外旅行ライターをほそぼそ続けているのも、読む人に、世界にはいろんなところがあり、いろんな人がいると知ってほしいからだ。
価値観を固定してほしくないのだ。

「二度と戦が起きないようにするんだ。」
今起こっている、世界の不幸を思い起こす。
紛争、衝突、テロ、そこで犠牲になる人たち。
二度と戦が起きないように……そうなったら、どんなにいいだろうね。
そんな世界、来るのかしら。
でも、この王子ならやるのかも。
子供向けの話では、世界は象徴的であり単純化されているが、それだけに、真実へいち早くたどり着ける力がある。
二度と戦が起きない世界。二度と戦が……と、ここで私は決定的な失敗をしてしまった。

世の不幸を眼前に再現しながら読んでいたら、本当にグッと込み上げてしまい、声がよろよろと震えてしまった。
泣きの演技や死ぬ演技は数えきれないほどやってきているが、本当に泣いてはいけないのだ。
声が弱々しくなってしまう。
ああそれなのに。
自分と重なり、感情が押し寄せて、ヘタクソな響きになっちゃった。
大後悔。

しかし、このように一種のトランスに入ったのは初めてのことで、本番で読みながら驚いた。
やはり、言葉には魂が宿る。
影絵は総合芸術で、すべての駒が合わさってひとつの大きな力になる。
私の声も、ひとつの駒。
他のそれぞれの持ち場も、大切なひとつの駒。
欠けたらできない。
こんなに心を動かされる体験を、自分たちの手で作れるのだから、本当に幸せなことだ。


by apakaba | 2018-07-13 16:52 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)